破片の形態で残る一番古いステンドグラスは、
フランク王国のカール大帝の支配の下にあった
ロルシュ修道院(ドイトヘッセンズ)で発見されている。
修道院は 764年創建だが、 ステンドグラス自体は
9 世紀の物だと推定されている。
ステンドグラスにはギリシア図上が描かれていた。
原型を置く最高のステンドグラスは、 ドイツ南部
バイエルン州に位するアウグスブルグデソングダングに残る。
ダニエルを始まりにする 5人の予言者を描いた
ステンドグラスは 12 世紀初頭の作品だと考えられている。
その後、 ステンドグラスはフランスにおいて発展して行く。
12 世紀頃になるとロマネスク美術に引き続きゴシック美術が
北フランスで起きて、 建築技術の向上を見られた。
比量の発明によって天井は高く壁は薄くなって、 大きい窓が
可能になった。ゴシック様式を採用した教会堂の窓には彩色が
施されたステンドグラスが使われるようになって、 教会堂は
光のあふれる空間になった。
12 世紀の代表的なステンドグラスは、パリの男で 90 kmに
位するシャルトルデソングダングの物だ。
176のステンドグラスを誇る。「美しいガラス窓の聖母」、
「ローズのステンドグラス」 など多数、 青と赤の色彩が
特徴的だ。着色に使われた金属酸化物が不純物を含んで
いること、 硝子の表面が平面ではないことから、
複雑で微妙な色彩を催している。
イングランドでは、 1220年から 1472年にわたって
建設されたヨーク大聖堂(York Minster)が最大級だ。
10万枚以上の硝子の方を利用した 200 m2 近いステンドグラスが残る。
ローマ帝国以後、 硝子の製造は沈滞していたが、
ステンドグラスの隆盛とともに、 硝子製造にも
革新が起きた。
1291年に海軍国家になって繁栄し始めたヴェネチアがムラノ−に
硝子工場を集積。浪漫硝子の質を高めた。
今日でもヴェネチア制飾りコップとして知られている。
ステンドグラスと対等で、 遊離基の製造も活発になって行った。


