田舎の気楽な整体院 川野整体施術院

岡山県美作市&赤磐市の川野整体施術院は、カイロプラクティック・操体法・全身のほぐしを組み合わせた独自の施術を行なっています。
頭痛、肩こり、腰痛、坐骨神経痛、手足のしびれ、自律神経失調症、疲れが取れない、冷え性、慢性疲労などでお悩みの方はお気軽にご相談くださいね。

田舎の気楽な整体院 岡山県美作市入田618−2
赤坂院ー岡山県赤磐市町苅田区倉庫

かわのせいたいせじゅついん カイロプラクティック ご予約専用お電話番号0868−72−8121

田舎のカイロプラクター物語2

2006-03-21
はじめ父の勧めで整体を習い始めました。
もう今から6年前の話です。

京都のアミューズメント企業に就職し、
退職してから地元のコンビニでアルバイトを
していた僕は、父の一言に、そう真剣に考えずに
やってみようかと思いました。
でも、よくよく考えれば、
父も僕が生まれる前から自営業で、
忙しく働いていて自営というものに抵抗が
無かったのもこの仕事をやってみようと
思ったきっかけの1つかもしれません。

最初は疲れる・しんどいのはイヤだな。
机に座ってする仕事の方がいいなって思い、
やりがいが見出せませんでした。

勉強をして、実際に現場に出て施術をしてみると
本当に最初はしんどくてたまりませんでした。
人間の体を施術することに、
「これでいいのか?」「痛くないかな」
ひたいから汗が吹き出ました。

先輩の川辺先生にもフォローしてもらって
順調に患者さんと楽しい会話したり、
体の体重をうまいこと使って施術する要領を
覚えたりして、仕事も楽しくなってきました。

子供の頃の話ですが

僕の父は瓦工事の仕事をしています。
毎日遅く日が暮れるまで仕事をして帰ってきて
僕に「をもんでくれ〜」言ってました。
父は力自慢の職人さんにもんでもらったりもするようですが、
僕にもんでもらうのが「番気持ちがええ、不思議じゃ」と言ってくれました。

実は肩をもむのって力がいれればいいって
もんじゃないんですよね。
手の握力を使うコツってもんがあります(笑)
ただその頃は、それが誇らしくて、嬉しく思いました。

そんなほかの人に喜んでもらえるのが嬉しいというのも
今の仕事に対する気持ちに繋がっているのかもしれません。

やりたいことが無くて
何か見栄えがよくて、楽な仕事がしたいと思っていた僕も
今の仕事が大好きになりました。
「ほかの人に喜んでもらえるのが嬉しい。」
これって人間の根源的な欲求のような気がします。
今日も少しでも患者さんに喜んでもらいたい
施術を楽しんでもらいたいという気持ちで施術をしています。
Posted by wakuwakuatom at 11:09:53Comments(0)TrackBack(0) │田舎のカイロプラクター物語

田舎のカイロプラクター物語

2006-03-21
22091.jpg 2年くらい前26歳の時、患者さんが少なくて
本当に困った時期がありました。

美作町の施術院は義理の兄と二人で
しているのでもう1つ自分の自由に
出来る施術院を作ることにしました。

それが赤坂町の町苅田の整体院です。
よし!自分のお城だ。
患者さんがたっくさん来てくれて
整体院の予約も一杯でお金もざっくざっく
儲けちゃうぞ♪って夢をみてました。

自分でチラシを発注して
新聞に折り込んでもらって
準備万端でした。

でも、赤坂町の方からしたら
美作町のよその人が何をしてるんだ?
何をしているのかよく分からないなと思われていたと思います。

最初のチラシはそこそこ患者さんが
来てくれました。
とっても充実していて楽しかったのですが
知らないうちに段々患者さんが減ってきて
ついには患者さんの数がゼロの日が出てきました。
最後にはゼロが当たり前のようになって来ました。

自分に自信がなくなってきてしまいました・・・。

この世の中に自分を必要としてくれる人は
いないのだろうか???

かっこわるいけど情けなくて、自分に呆れちゃって
自分が可哀想で、このままどこかに消えちゃいたいって
赤坂からの帰り道、運転しながら泣きながらそう思いました。

もっと患者さんの期待に応えられるような技術を
身につけなければならなかった。
施術を定期的に受けることの大切さを伝えることを
アピールしなければならなかった・・・。

しかし、僕は何も手を打たなかった。

もう赤坂院は元が取れないし
辞めてしまおうか?
何度も何度もそう考えました。

どうせ誰も来ないでしょって
赤坂出張日に家で寝ていたこともありました。

ほとんど毎週木曜と金曜には
予約が入らず、美作院の日にも
あ〜もう少しで赤坂出張日だと
苦痛に思い始めました。

でも、そんな苦しい時にも
来てくださる患者さんもいました。
たった1人・・。
その方が毎週来てくださるようになりました。

たった1人だったら儲けも割に合わないし
経営としては、辞めたほうが話が早いのかもしれません。

でも、嬉しかった。本当に嬉しかった。
赤坂に行く意味が出来た。
そして、その人から電話がかかってきた時に
僕が休みにしてたり、僕が赤坂院を
辞めちゃったら悲しんでしまうと心に張り合いが出てきた。

自分の施術を喜んでくれる人がいるんだ。
意地でも続けるぞって自分のピュアな部分が
ぶわぁって出てきました。

その頃からです。
患者さんに来てくれてありがとうって
気持ちを込めてお礼状を出すようになったのは・・。

「ハガキありがとう」
「先生にお手紙を書いてきたよ」
なんて患者さんから感謝されるようにもなりました。

徐々に新しい患者さんも増えて
予約が一杯で逆に患者さんをお断りするなんて
前から見るととんでもなく贅沢をいうことも
たまにでてきました。

喜んでくれる人がい続けるからには
頑張って続けてみて本当によかったです。
何であんなに苦しかったのに赤坂院を
続けられたのか?
それはたった1人の患者さんの喜んでくれる姿を
がっかりさせたくなかったからです。

自分と同じような状況の人にアドバイスするとすれば
喜んでくれる人のことを真剣に考えて
それを喜びとすること、そこからパワーをもらって
もうひと頑張りしてみることかな。

最後まで読んでくれて
ありがとう。
Posted by wakuwakuatom at 10:50:53Comments(0)TrackBack(0) │田舎のカイロプラクター物語
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