学力問題の現状を打破する策として勉強を押し付けず、子供たちに自ら考え行動できるようにするための内面的、時間的ゆとりを多く与えさせ、学校においては「総合的な学習の時間」を有効に使い新たな価値を生み出そうとする指導方法の実践を進める意図が見える。
だがこれは机上の空論、理想像にすぎない。教育の現場ではもっとシビアな現実があるということだ。
週休五日制により、自分の時間が増えたことで自ら進んで勉学に励もうという心の変化が今の子供たちにあるだろうか、これは限りなく期待できないだろう。以前でさえ学習意欲がなく、テレビやゲームに熱中する子供たちからすれば、それは単に自由に遊べる時間が増えたことにすぎない。そこに加えて授業内容も3割削減されれば、できる子、できない子の格差もよりいっそう広がるだけである。このあたりの内容は第二章以降で触れることとする。
子供が主役の教育現場は、いつしか子供が振り回される場になってしまった。ゆとり教育によって変わった点、それは制度だけが一人歩きをしていく社会をいっそう拡大させてしまったことではないだろうか。

