同劇場は、戦後にできた前身のストリップ劇場を引き継ぎ、一九七〇年代初めに開業。ビルは戦前に建てられ、円形のステージを囲む五十席のホールは今も変わらない。
当時、県内では尼崎や姫路など歓楽街のある都市部でストリップ劇場が人気を集めた。しかし、風営法施行後、警察の取り締まりが強まった。九〇年代のバブル期が過ぎるとキャバクラ、ファッションヘルスと新しい風俗産業に客が流れ、劇場数は激減したという。
兵庫県警生活環境課などによると、県内のストリップ劇場の営業許可件数は九五年からわずか二件。うち実質的な営業は同劇場だけという。
同劇場は二〇〇三年、不法滞在の外国人ダンサーを出演させたとして、県警に摘発された。営業停止処分を受け、以後は経営難が続いていた。店頭で再建のアイデアを募るなどしたが、乗り切れなかった。
最終興行が封切りした一日、正午の開演前から花束を持参した踊り子の“追っかけ”ら約三十人が集まった。開演と同時に手拍子で、熱気は最高潮に。常連の男性は「劇場が消えるのは寂しい限り…」とぽつり。
二代目オーナーの男性(41)は「風俗業界は日進月歩。閉館は時代の流れです」と言葉少なだった。閉館後の建物の扱いは未定だ。
神戸新聞より
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