
酒飲んで忘れて
見逃すことはなかったテレビドラマの「彗星物語」はだいたい思うてた"期待"通り。登場人物の機微を見事に大阪弁で描いた原作を先に読んでいただけに、大袈裟なドラマの演出はさすがに興醒め。まあこんなもんやろ。
だいたい読書中は自分勝手にキャスティングするもんやから、「ボラ助、アホ犬」と連呼するじいさん"福造"の役は「笑福亭松之助」師匠。父親"晋太郎"は「國村 隼」さんと勝手に決まっていたし。しかし留学生"ボラージュ"は「浅沼コリン」君で、まあまあエエ感じに納まっていたかも。
原作では登場人物の機微を描くキーマンとなっていた、アホ犬"フック"をドラマで描くのも難しかったのだろうな。それ以前に、ドラマでは心情描写が大袈裟なもんやから、動物に持たせた「含み」は殆ど無意味な「わざとらしさ」に映ってしまう。
結末も、原作にはなかった波乱劇を苦し紛れに絞り出した感じ。切なさを残しながらも、家族のその後を想像させる原作の終章、あっけなく描かれた"フックとの死別"は、確かにテレビドラマでは表現不可能かも。ジブンの頭の中では、真夜中庭でフックを埋葬する穴を、"國村隼"さん制して一心に掘り続ける"松之助"師匠の絵が、完全に出来上がってしまっていた。
「家族」「家族」とセリフで連呼されるとさすがにゲップが出てしまった。輝アニキの物語は、やっぱし活字で楽しむにかぎる。