ちょっと前に読んだ「ひとたびはポプラに臥す」という本は、著者「宮本輝」あにきが、憧れの名僧「鳩摩羅什(くまらじゅう)」の足跡を追うという旅のエッセイやったのだが、シルクロードで目のあたりにした、漢民族とチベット、ウイグル族との関係にも、その私見・至言がちりばめられている。報道賑わす「聖火リレー騒動」の根底にある背景を生々しく垣間見ることもできる。
この本が記されたのはちょうど阪神大震災の後すぐということなので、もう10年以上前の話になるのだが、それが逆に、テレビでぽっと映し出されるコメンテーターとかよりも、重い言葉となって響く。
旅の疲れからか、突いて出た漢民族への抗議を、ガイド役の中国人に直接大阪弁で詰め寄る場面「(漢民族が)こんなに人相が悪い民族やとは思わんかったよ。その人相の悪さの根底には、人を支配したいっていうことを快楽の根にしてるとこがあるんやな。ウイグル人は、これまでの歴史のなかで、どっかを侵略するために悪事をなしたって記録はあるかないか、しらべてくださいよ!」
この問答自体は中国人のガイドと、子供レベルの喧嘩をしてしまったという一幕であり、宮本輝アニキ自身が漢民族に嫌悪を抱いているというものではない。しかしその根底には、国家がここ近年歩んできた主義に基づくイデオロギーが、「善良な市民の常識感にも、いかんともしがたい影響を与えた」という慨嘆を感じ取れる。
その影響の代表的なものは「一事は万事、非は相手にある」(非はいつも自分以外のところにある)やという。
「道を歩いていて石ころにつまずくと、そこにあった石ころに怒る」と。「つまずいたのは自分なのに石のせいにする」と。なるほどよく解る。技術を生業とする者にとって、ハナから自分を疑わない、省みない、というのは致命的な気質で、ジブンもSさんに対しては、10年以上かけてそんな気質を叩き直してきた気がする。
作中、輝アニキが「<信義に厚く、懐の深い大人(たいじん)、中国人>はどこへ行ってしまったのか」と嘆くが、確かにイデオロギーに侵されたのであろうそんな気質さえ取り除いたら、大人(たいじん)になり得る、かもわからん。

ハナシ全然飛ぶケド、そんな中国家庭の台所では、中華鍋をカンカンカンカン振り回しても熱冷めることない強い火力があるのだろうか、ブログパトロール中、ふとそんな疑問が湧いたという馴染みのご近所アニキから「Sさんに聞いてみてえなあ」という無言の質問要望を振られた気がした。確かに家のしょぼい火力で中華鍋振り回しても、反対に鍋の温度下がってベチャベチャになるし、中国の一般家庭にはボーボーの強い火力があるのだろうか。で、当人に聞いたろと思ってSさんを探すと今日は半休取って午後から早退していた。
まさか、青ジャージ着て長野へと向かったのか?半休届けに記し残された文字は「私用につき」。
旅の疲れからか、突いて出た漢民族への抗議を、ガイド役の中国人に直接大阪弁で詰め寄る場面「(漢民族が)こんなに人相が悪い民族やとは思わんかったよ。その人相の悪さの根底には、人を支配したいっていうことを快楽の根にしてるとこがあるんやな。ウイグル人は、これまでの歴史のなかで、どっかを侵略するために悪事をなしたって記録はあるかないか、しらべてくださいよ!」
この問答自体は中国人のガイドと、子供レベルの喧嘩をしてしまったという一幕であり、宮本輝アニキ自身が漢民族に嫌悪を抱いているというものではない。しかしその根底には、国家がここ近年歩んできた主義に基づくイデオロギーが、「善良な市民の常識感にも、いかんともしがたい影響を与えた」という慨嘆を感じ取れる。
その影響の代表的なものは「一事は万事、非は相手にある」(非はいつも自分以外のところにある)やという。
「道を歩いていて石ころにつまずくと、そこにあった石ころに怒る」と。「つまずいたのは自分なのに石のせいにする」と。なるほどよく解る。技術を生業とする者にとって、ハナから自分を疑わない、省みない、というのは致命的な気質で、ジブンもSさんに対しては、10年以上かけてそんな気質を叩き直してきた気がする。
作中、輝アニキが「<信義に厚く、懐の深い大人(たいじん)、中国人>はどこへ行ってしまったのか」と嘆くが、確かにイデオロギーに侵されたのであろうそんな気質さえ取り除いたら、大人(たいじん)になり得る、かもわからん。

ハナシ全然飛ぶケド、そんな中国家庭の台所では、中華鍋をカンカンカンカン振り回しても熱冷めることない強い火力があるのだろうか、ブログパトロール中、ふとそんな疑問が湧いたという馴染みのご近所アニキから「Sさんに聞いてみてえなあ」という無言の質問要望を振られた気がした。確かに家のしょぼい火力で中華鍋振り回しても、反対に鍋の温度下がってベチャベチャになるし、中国の一般家庭にはボーボーの強い火力があるのだろうか。で、当人に聞いたろと思ってSさんを探すと今日は半休取って午後から早退していた。
まさか、青ジャージ着て長野へと向かったのか?半休届けに記し残された文字は「私用につき」。


オリンピックに関連したニュースみてたら、最近の
北京市内のヒトたちは、中華鍋なんて使ってない
んじゃないかと想像します。
「オール電化」やったりして。
(またまた家事てんこ盛りの週末です。なかなか立ち飲み
いけずにすんません、、、。)
きょうびの若い中国の人とでは、かなりジェネレーションギャップがあるみたいです。
たまに帰国すると浦島太郎みたいにバカにされると嘆いてますわ。
今日は、私ももうちょっと仕事してから3号で深夜帰還予定ですわ。
あにきも、よき週末を!