おっさんとなってから妙に文芸づいてるこの頃。学問を学んだ訳でもなく文学的手法云々は語れないし、ただ単純に移動の時間を楽しませてもらっているだけなのだが、その結果、公私共に、たまに出くわすちょっとした局面とかでも、相手を想い、家族や後輩に対して言い切ることのできる、「心のネタ」のようなものを養わせてもらっているようにも思える。恩恵というものは後付けながら、楽しませてもろて、その結果恵み貰えることに感謝してる。そんな遅咲きの趣味なんで、じっくりじっくり気に入った作家の、過去の古い作品から順番に読ませてもろてる。ここ最近は、地元福島区にご縁ある宮本輝アニキにかなりハマっている。先日新幹線で読み終えた「避暑地の猫」
軽井沢の別荘番として暮らし始めた4人家族が行き着く数奇な運命。親から受ける愛情、家族に与える愛情、誰もが持つ普通の心情でありながら、一歩間違えて裏返ってしまうと、誰もが心の「魔」を呼び起こす元凶にもなり得る。
物語の顛末では、「自らの内部に存在する〜呵責」という言葉で主人公から語られているが、輝あにき自身は、「周り巡ってくる"結果"というものは、"呵責なき自然現象"のようなもの」という意味合いのことを先日テレビのインタビューで語ってはった。
主人公から報いを受けた登場人物達が「呵責なき自然現象」の悪因を作り出してきたのか、主人公こそが、物語のその後「呵責なき報い」に苛まれていくのか。ジツに心という暗闇に釣り糸を垂らすような、疑問符なき問いかけ。
溜息出るような物語やったけど、虚栄心、私欲、嫉み、愛憎、どんな人間の心にも潜み、なんかの拍子にふと顔を出すやも知れぬ、そんな「黒い気持」を淡々と水のように描いた物語やった。
そんな中、無垢な「淡い心」のみは、永遠の印として語り終わらされていたり、潜んでいた「魔」というものも、結局与えた強い愛情がなければ、表に顔を出すこともなかったのではと考えさせられたり、、やっぱし血の味がした。
物語の顛末では、「自らの内部に存在する〜呵責」という言葉で主人公から語られているが、輝あにき自身は、「周り巡ってくる"結果"というものは、"呵責なき自然現象"のようなもの」という意味合いのことを先日テレビのインタビューで語ってはった。
主人公から報いを受けた登場人物達が「呵責なき自然現象」の悪因を作り出してきたのか、主人公こそが、物語のその後「呵責なき報い」に苛まれていくのか。ジツに心という暗闇に釣り糸を垂らすような、疑問符なき問いかけ。
溜息出るような物語やったけど、虚栄心、私欲、嫉み、愛憎、どんな人間の心にも潜み、なんかの拍子にふと顔を出すやも知れぬ、そんな「黒い気持」を淡々と水のように描いた物語やった。
そんな中、無垢な「淡い心」のみは、永遠の印として語り終わらされていたり、潜んでいた「魔」というものも、結局与えた強い愛情がなければ、表に顔を出すこともなかったのではと考えさせられたり、、やっぱし血の味がした。

