信用を失墜させない為の仕組みはどんな営利団体にも存在すると思う。しかし、例えばジブンのシゴトを見渡しても、そんな仕組みは「個の悪意がないとして」を前提に平穏を保っている一面はある。
個の過失を食い止めたり流出を防ぐ仕組みは、皆が持っている道義の下考えようがある。しかし「もし、コイツに悪意があったなら…」で、仕組み作っていかなアカんかったら実際のところきりがない。自分の周りは全て泥棒と思えになってしまう。
短絡的にヒステリックになってしまうことも、もしも存在するかも知れぬ「悪意」に対しては思うつぼ。巻き込まれた当事者のヒトの災難や、名もなき関係者のヒト達の苦労は察するが、冷静に成り行きを見守りたい。
ブカに当たる中国人技術者Sさんの、下手打ったシゴトに翻弄された今日。彼の「悪意なき」は信じている。「短絡的で性懲りない」性格は、国民性ではなくパーソナリティであると信じたい。日本人には暑苦しくさえ思えてしまう「律儀さ」は国民性と信じたい。

