忌々しいインフルエンザウィルスも土曜日にはほぼ制圧し、今朝からは再びフツーに働いている。昨日の日曜日は、寝込んでいる間淀みまくった部屋の空気も入れ替え、シーツも洗濯、ザーっと掃除もして、ちょっとは気分もスカっとした。夕暮れ前、TVをつけても大してオモロイ番組もやってなかったんで、先日「つかみ」だけで中断した、B級洋画「スクール・オブ・ロック」DVDの続きをビール飲みながら観ることに。
その時折、自身が興味のある題材を描いたB級洋画を、子供の頃から愛してやまない。考えてみると、小学生の頃から「がんばれベアーズ」とか、「ボーイズ・ボーイズ」とか、ちゃんと映画館まで行って観てたし。
さてこの映画は、"Rock"というネタもネタなんで結構笑えた。しかしB級アメリカンムービー、全編通してかなりベタ。大阪に「お好み焼きソース」な味があるとすれば、こっちは「グレイビーソース」味のベタさ加減かも。しかしこのハナシ、なんか思い当たるフシが多すぎる。ウルサイ父母に悩む女校長センセイの姿には、なんか見覚えがあるし、ステージの真ん中に飛び出しソウルフルなボーカルを炸裂させる、今まで見たことのない我が娘の姿に、驚嘆の笑みで顔を見合わせる黒人夫婦。気持ちはよう解るし。
イタ目な主人公、中年ロッカーの姿には笑かしてもらいながらも、10年前に若者に混じってやってたバンドでの自分の姿と、おもいきしかぶってしまった。若いメンバーに冷や汗かきながらマインドコントロールをかけ、若いメンバーの持ってきた曲に、持てる限りのアイディアでアレンジを仕掛け…、実際に、話のヤマ「バンドバトル」で演奏した曲のコーラスアレンジの付け方とか、まるっきしおんなじやったし…絶対、ワシをモデルにしたやろと、勝手に確信してしまった。(製作スタッフの音楽担当、きっと同年代のオッサンなんやね)
この話のシチュエーションでふと気付いた。ちょっと前、移動中に読んだ重松清さん著「送り火」の中の一編「シド・ヴィシャスから遠く離れて」の中にも、「今」を懸命に生きる中年ロッカー(音楽ライター)の話があった。
共通して感じるのは、必死こいた過去があったからこそ、どんな形にせよ「今」があり、また必死こきながらも「前」向いて生きていけんのかなあ、と(結局、ずっと必死なんやが)…
でも、自分も含め、そんな過去現在未来を突き進んでいるオッサン(同志)が世の中には大勢居てるハズ。愛すべきB級洋画、ちょっとばかし「力」ももろた。病欠明け、抜けた穴埋めに「必死」こかなアカン予感もするが、その必死も楽しめそうな力も沸いてきた、今週のワシ「完治」具合。


過去の自分は「必死のパッチ」と言いながら、どこか
ヘラヘラしている部分がありました。
未来の自分も実はそうありたいと思っています。
”明日の自分の為に”今宵も呑むですよ、うははのは。
うまいコト言えませんでしたが、ハナシに感じた必死さは、
「確固たる自分を貫く」トコらへんにあるのかもわかりません。
思い描いたスタイルとは違うが、その結果、今「恵み」をもろてると。
ああ、これが恵みかどうかわかりませんが、同じく今宵の酒、
待ち遠しいいて堪りません(笑)。