東西奔走

関東と関西を東奔西走する単身赴任親父の日々思い付きあれこれ

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プロフィール
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名前 kiyo_g
性別
出身地 大阪府
好きな食べ物 酒のアテ
自己紹介
関東方面に単身赴任ながら、しょっちゅう大阪に帰宅してるオヤジです。遠く離れた親しい人達に「毎日マジメに生きてんで」を更新してみよかと「ブログ」を書き始めましたが、それがきっかけで新しい出会いもあり、ホンマにエエもんやなと思っております。
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同じ苗字

2006-07-31
29727.jpg 先週末、仕事で想定外のトラブルが発生した。午前中に対処の項目をまとめて、
午後の段取りを決め昼飯にありついた途端、若い頃世話になった叔父(71)の
訃報を告げる知らせが入った。「納期後がない」の状況ではあったが、ここは
開き直って営業部長に事情を話し日程を調整してもらうことに。すぐさま
一路西へと車を発進させた…
バンドマンやった若き日、そのスクラップ工場でアルバイトとして2年程世話に
なったことがある。スクラップ屋といっても個人商店で、引き取り、積み込み、
納品、建物や機械の解体の他、「よろず屋的」カラーもあり、裁判所からの依頼
で「整理屋」等まで守備範囲でこなし、色んなコトを体験させてもらったようにも思う。
初心者マークをつけてトラックを運転し、鋼材を溶断解体し、ワイヤーかけて
UNIC(クレーン)で積み込む。来る日も真っ黒になって国道43号線を走り回っていた。

戦後の復興を支えた年代の「大将」は「仕事の鬼」やったようにも思える。
普段は気のエエおっちゃんですが、いざ仕事となると当初は「はよせんかい
っ!」と毎日が罵声を浴びる連続やった。こっちも悔しいんで「今に見とれ」と
死に物狂いで喰らいついていった結果、2年間ではあったが、どんな業種にも
通じる「仕事の基本」を身に付けさせてもらったようにも思えます。

葬儀の最後「今生最後のお別れ」とアナウンスが流れると、自然と涙目となって
しまい、何度も「有難う!有難う!」と心の中で叫んでしまった。

元来親戚付き合いが薄く、こんな時にしか「同じ苗字」が集まることがないのだ
が、上は50代、下は30代となった従兄弟連中が、それぞれ親のエピソード等
を語り合うと、知らなかった面も出てくると同時に似たような「性格」も見えて
来る。どうやら親父方の兄弟は皆相当「頑固モンの仮面」をかぶっていたようで
ある。戦後の混乱期から高度成長を世の中の底辺から支えた時代背景がそうさせ
たのか、それとも「血」がそうさせるのか、投影させた自分と比べてしまうとよ
くは分からない。

葬儀が終わり横浜に住む従兄弟夫妻を新大阪まで送る際、出席できなかった我が
父親(78)とも会って行ってもらった。すっかりモウロクしている親父は、自分の
弟が亡くなった事が理解できないようであったが、それならそれで良い。正そう
とする周りの人に向かってそっと人差し指を口に当てた。
Posted by kiyo_g at 23:53:40 │Comments(0)TrackBack(0)

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