週明け、試験休み中の長女(17)に嫁の通院に中津まで連いてきてもらった。家族が困っている時、付かず離れずながら、さりげなくバックアップする
姿勢は、(一応)家長である自分としては、とても有り難く感じている。
たまたまこの日、薬の待ち時間が長くかかりそうだったので、娘に嫁を任
せ、「ゲルル提督扶養計画」の用を済ませようと、雪の中、扇町の区役所
までに一人走った。

この休日は天気も悪いことから、TVを見ながらまったりと過ごした。次男(9)が差し込んだビデオ
「クレヨンしんちゃん・オトナ帝国の…」はオトナが懐古主義に洗脳される話。懐かしい昭和の
町並みカットが出てくるが、「なんや、海老江は未だにこんなんやで?」昭和の匂いがそのまま
残る地元地域、「そうか〜海老江は"20世紀博"なんや〜」と皆で納得。
劇中のシーンであった日本万国博覧会は36年前の3月14日が開催日やったらしい。
当時5歳ながら"野原ひろし"と同じくねだって、雨の中万博へ行った記憶は所々ながら残っている。
期待していた「太陽の塔」は作り物の恐竜をエスカレータに乗って見物した程度に感じられ、
子供にとってはガッカリしたものやった。5歳当時の自分が一番食いついたのは「三菱未来舘」だった。
「ひょっこりひょうたん島」より「空中都市008」(←超マイナー)の方が好きなガキやった。

「人類の進歩と調和」等と謳われていた大阪万博であったが、20世紀にこの21世紀の未来を
想像した時、とてつもなく「人類の進歩」があると想像していた。こうやって今、21世紀を
見渡してみれば、確かに「ケイタイ」はある意味「科学特捜隊」と同じやし、コンピュータは
「バビルの塔」から家庭にまで進出する「進歩」である。(あんなにしゃべらないが…)
その一方、街を見渡せば昭和の民家はまだまだ現役やし、表へ出ればお節介なおばちゃんも健在である。
これが「調和」か?(ちょっと違うかも知れない…) しかし人間が突然進化する訳ではなし、
人の本質だけで言えば、利権をめぐっての争いはこの先も続くだろうし、身近に属する組織の中でも
「自分のテリトリー」というセクショナリズムは無くならないし、誰しも楽をしたいと思うだろうし、
さっきTVで見た二宮金次郎の時代も、今日と大差ない。
数年前、コンピュータの2000年問題というモノが話題となったが、次は2007年問題が来るという。
こちらは、実業務に基づいたシステムを支えてきた団塊世代の退職時期に直面した問題であるらしい。
電子技術しかり、環境技術しかり、この世代のマジメな人々の労力を土台に「進歩と調和」もある意味
少しは実現できたのではなかろうか。
「現場業務を知りつくした人がIT技術を手にした」当時とは違い、今では「ITを知っている
人に現場業務を教える」といった状況であるそうな。確かに「困っている人」に「道具」を渡すのと、
「困っていない人」の「道具」の使い方では、工夫のレベルも変わってくる。
しかし、これを若い世代への嘆きとはしない。古代の遺跡にも同じことが書かれていたという。「最近の若いモンは…」
このセリフは大昔から順繰りで繰り返されているのである。「困っていても道具を使わない人」もいてりゃ、
「困ってなくても困っている人の気持ちを知る人」もいてる。時代や世代で一くくりできるモノではない。
21世紀の今、華々しくIT等と言うが、古今、物事の本質を知る力や、相手を思う気持ちがなければ、
人の役に立つ「使い物」はなれないのでしょう…と自分自身も戒めつつ、先人の築いた土台に21世紀の「進歩と調和」を築いていきましょう。


大阪万博の記憶は、正直言ってあまりない。
同じく太陽の塔内部の記憶(と言っても「不気味な感じ」程度)と、人がやたら多かったことくらいかな。
振り返ると、小学校位までは人より成長が遅かったんだな〜とつくづく思う。
早生まれとか関係なしで・・・あんまり記憶ねぇもんね。
動物としての人間は明らかに退化しているでしょう。
建造物然り、42.195km然り、言い出したらキリがないが。
ま、せいぜい道具に振り回されないように!
対人間を大事にしていきますかね、仕事も私生活もそれが財産ですから♪
赴任のくせに毎週往復1000kmの旅をして家族と過ごす時間も、ここで
一人酒を飲みながらブログを更新する時間も、大袈裟かもわか
らんが、生きた証になるんでしょうか。。。
子供の時分の記憶、妙に覚えてんねやこれが…で、今聞いた記憶が
よう飛ぶコトが多い。(汗)