1月17日は、嫁の誕生日である。片や自分は40代となり、離れて暮らす今日は、「おめでとう」のメールに「ありがとう」の返信で平穏に過ごしたが、まだお互い辛うじて20代であった11年前のこの日、
未曾有の大災害が起こった「神戸」の隣「大阪」で、次男が生まれる前の家族4人で過ごしていた…
その前の晩のコトから、未だに鮮明に覚えている。結婚9年目であったその頃、倦怠期を迎えていたのか、
お互い単独行動をする事が多かったように思う。丁度その前夜も嫁はパート先の「お好み焼き屋」の新年会
で、明け方まで街の酔っ払いと化していたようであった。振り替え休日だった前日、自分は子供らを遊びに
連れて行き、そのまま3人で床に就いた。何故か布団の向きをいつもと反対に向けて寝たのも今思えば、
不思議な話である。
明け方、普段見ることのない、異様にリアルな長い悪夢に思わず目が覚めたのが5時40分。まだもう少し
寝られるなと目を閉じうっつらとした瞬間、その揺れが始まった。
大阪とはいえ市内では北西に位置する地域。地鳴りと共に縦方向の大きな振動。とっさにまだ小さかった
長男長女の上に覆いかぶさり、頭にあるタンスを押さえた。次の瞬間、経験したことのない横方向の揺れが襲う。
「地震」という単語がすぐには頭に浮かばなかった。ただ「何かが我が家を襲っている」ということだけである。
狂ったような横揺れの最中、子供らの上で四つん這いになりながらも、上から何か落ちてこないかと頭上を
気にする。いつの間にか帰ってきてた嫁が何故か立っていたので、(眼鏡を探そうと起き上がったらしい)
「ステレオからプレーヤー落ってくる!」と指示すると、嫁、条件反射のように「ステレオ!ステレオ!」と
押さえに行く。人間非常時に声をかけると条件反射でその通り動くようだ。それにしてもその非常時に嫁を
操り人形のように操って、、酷い話である。
いつ終わるねん?更に揺れが加速し、普段聞いた事のない嫁の悲鳴を聞き、そして自分でも「こりゃ倒れる」
と思った瞬間に、すっとその揺れが治まった。「とりあえず助かった」神戸に較べれば非ではなかったものの、
未経験な体験にアドレナリンが沸き立っている。部屋を見渡せば、高い所に置いてあったTVが、いつもは枕
をしている辺りの足元に落ちている。
「エラいコトになってるはずや!」なんとかスイッチの入ったTVからは、「強い揺れを感じました」だけで、
何の情報も入ってこない。しかしすぐにヘリが飛び、そこからは普段見慣れた「阪神電車」が横倒しになって
いる映像や、「阪神高速」倒壊のショッキングな映像が目に入ってくる。「こりゃ、ただごとやない!」と戦慄が
走るものの、相変わらず少ない「被害状況」がアナウンスされ、「なんでやねん!エラいことになってんの見たら
判るやんけ?!」と毒付いた。
震源から離れた「大阪」でも、落下物で亡くなられた方、怪我された方と被害はあったが、大惨事の神戸は
「報道」数々の通りである。
http://www.aliceinwonderland.com/library/japanese_files/hanshin_earthquake1995.txt
「明日自分がこの世を去る」と思って床についた人は一人としていてない。というのは今日NHKで見た
番組のコメントだが、これは自分も常々思っている。「いつ、誰に、何が起こってもおかしくない」である。
「心構え」「備え」大切なことであるが、圧倒的な自然の力の前では、実際は「何もできない」という事も
肌に感じさせられている。
11年前、少なからずも心の底には「恐怖」を植えつけられた。さて今度同じ目に遭っても「冷静」で
いられるものだろうか?
(相模の国も「国府津-松田断層」怪しや…)
お互い単独行動をする事が多かったように思う。丁度その前夜も嫁はパート先の「お好み焼き屋」の新年会
で、明け方まで街の酔っ払いと化していたようであった。振り替え休日だった前日、自分は子供らを遊びに
連れて行き、そのまま3人で床に就いた。何故か布団の向きをいつもと反対に向けて寝たのも今思えば、
不思議な話である。
明け方、普段見ることのない、異様にリアルな長い悪夢に思わず目が覚めたのが5時40分。まだもう少し
寝られるなと目を閉じうっつらとした瞬間、その揺れが始まった。
大阪とはいえ市内では北西に位置する地域。地鳴りと共に縦方向の大きな振動。とっさにまだ小さかった
長男長女の上に覆いかぶさり、頭にあるタンスを押さえた。次の瞬間、経験したことのない横方向の揺れが襲う。
「地震」という単語がすぐには頭に浮かばなかった。ただ「何かが我が家を襲っている」ということだけである。
狂ったような横揺れの最中、子供らの上で四つん這いになりながらも、上から何か落ちてこないかと頭上を
気にする。いつの間にか帰ってきてた嫁が何故か立っていたので、(眼鏡を探そうと起き上がったらしい)
「ステレオからプレーヤー落ってくる!」と指示すると、嫁、条件反射のように「ステレオ!ステレオ!」と
押さえに行く。人間非常時に声をかけると条件反射でその通り動くようだ。それにしてもその非常時に嫁を
操り人形のように操って、、酷い話である。
いつ終わるねん?更に揺れが加速し、普段聞いた事のない嫁の悲鳴を聞き、そして自分でも「こりゃ倒れる」
と思った瞬間に、すっとその揺れが治まった。「とりあえず助かった」神戸に較べれば非ではなかったものの、
未経験な体験にアドレナリンが沸き立っている。部屋を見渡せば、高い所に置いてあったTVが、いつもは枕
をしている辺りの足元に落ちている。
「エラいコトになってるはずや!」なんとかスイッチの入ったTVからは、「強い揺れを感じました」だけで、
何の情報も入ってこない。しかしすぐにヘリが飛び、そこからは普段見慣れた「阪神電車」が横倒しになって
いる映像や、「阪神高速」倒壊のショッキングな映像が目に入ってくる。「こりゃ、ただごとやない!」と戦慄が
走るものの、相変わらず少ない「被害状況」がアナウンスされ、「なんでやねん!エラいことになってんの見たら
判るやんけ?!」と毒付いた。
震源から離れた「大阪」でも、落下物で亡くなられた方、怪我された方と被害はあったが、大惨事の神戸は
「報道」数々の通りである。
http://www.aliceinwonderland.com/library/japanese_files/hanshin_earthquake1995.txt
「明日自分がこの世を去る」と思って床についた人は一人としていてない。というのは今日NHKで見た
番組のコメントだが、これは自分も常々思っている。「いつ、誰に、何が起こってもおかしくない」である。
「心構え」「備え」大切なことであるが、圧倒的な自然の力の前では、実際は「何もできない」という事も
肌に感じさせられている。
11年前、少なからずも心の底には「恐怖」を植えつけられた。さて今度同じ目に遭っても「冷静」で
いられるものだろうか?
(相模の国も「国府津-松田断層」怪しや…)


全部読むのに2時間掛かったぜぃ!
11年前・・・我が家は停電して真っ暗、廊下に出ても真っ暗。
電池式のラジオでなんとなく状況を把握してるうちに、
夜が明けてきて家の中が見えてきたら!!
布団のすぐ横に、CDや本が山ほど入った棚が倒れて、
真っ二つになったテーブルがあった・・・。
僅か30cmの差で、今がある。
またメールしまーす、ではでは♪
「ブログ」というものが「流行(はやり)」であるというコトは全然
知らんかった。ただ家族のみんな(おとんぼ以外)がつけてるという
事だけでインスパイアされた。
もとは「イラク戦争の時に現地から更新されるジャーナリストの
記事が反響を呼び火がついた」といわれているらしいが…
ま、遠く離れていても「真面目に生きとるで」が更新できて、
「ええもんやなー」と思ってます。(笑)
でも、この先もまだ転がり続けるんやから、「ええコトあるに違いない!」と楽しみやで。
って能天気か(笑←酔っ払い)