台風情報を見ようと開いたブラウザから、岡八朗氏死去のニュースが目に入った…
新喜劇で岡八朗を目にせぬようになって久しいが、我々
60年代生まれのなにわっ子にとっては、土曜の午後の新喜劇は、
週末の開放感を増幅させる、何ともリラックスできる番組であった。
あの、飯場セットでの、花紀京との掛け合い等が印象によく残っている。
子供の頃、自分はどちらかと言えば、土曜日も学校から帰ってくると、
「すぐ外で遊ぶ派」であったので、「吉本新喜劇も松竹寄席も毎週欠かさず」
という訳ではなかったのだが、子供の頃から「お笑い」フリークである嫁は、
今日も大阪で相当ショックを受けているようである。
ちょっと前、ドラマに出演していた時には、「えらい痩せこけてんな〜、危ないで」
等と言っていたのだが。
その嫁、数年前に、バレーボールの練習帰りにA放送近所の屋台で
一人飲んでいて、吉田ヒロ氏と連れだって入ってきた蔵野氏にからまれたものの、
逆にやりこめてしまい、しまいにはヒロ氏からも「姉さん」と言わしめてしまった
武勇伝も持っているのだが、相手が(今日の)ヒロではなく、(往年の)はっちゃん
であったら、きっと借りてきた猫になったに違いない。(いやいや、格も違うか)
70年代に小学生で、岡八朗や原哲男、花紀京、船場太郎を見て笑い転げていた
我々も、今や子持ちとなり、その子供らが、辻本、安尾を見てまた土曜の午後を
笑い過ごしているのである。確実に時代は流れているのである。
それでも、当時のキャストが「ホンマにおもしろかった〜」という嫁、
故人や思い出に対する感傷なのか、それともそこには笑いの剛速球があったのか…
笑いのセンスに乏しい自分は、ついついこねくり回して考えてしまうのだが、
改めて、偉大な喜劇役者のご冥福を祈りたい。
写真は、立ち呑み仲間(大先輩ですが)のS氏が昔レタリングを手掛けたという
吉本のポスター。パソコンを用いる事が普及する前の時代でした。
(弟子のオール阪神・巨人もまだ若い)
60年代生まれのなにわっ子にとっては、土曜の午後の新喜劇は、
週末の開放感を増幅させる、何ともリラックスできる番組であった。
あの、飯場セットでの、花紀京との掛け合い等が印象によく残っている。
子供の頃、自分はどちらかと言えば、土曜日も学校から帰ってくると、
「すぐ外で遊ぶ派」であったので、「吉本新喜劇も松竹寄席も毎週欠かさず」
という訳ではなかったのだが、子供の頃から「お笑い」フリークである嫁は、
今日も大阪で相当ショックを受けているようである。
ちょっと前、ドラマに出演していた時には、「えらい痩せこけてんな〜、危ないで」
等と言っていたのだが。
その嫁、数年前に、バレーボールの練習帰りにA放送近所の屋台で
一人飲んでいて、吉田ヒロ氏と連れだって入ってきた蔵野氏にからまれたものの、
逆にやりこめてしまい、しまいにはヒロ氏からも「姉さん」と言わしめてしまった
武勇伝も持っているのだが、相手が(今日の)ヒロではなく、(往年の)はっちゃん
であったら、きっと借りてきた猫になったに違いない。(いやいや、格も違うか)
70年代に小学生で、岡八朗や原哲男、花紀京、船場太郎を見て笑い転げていた
我々も、今や子持ちとなり、その子供らが、辻本、安尾を見てまた土曜の午後を
笑い過ごしているのである。確実に時代は流れているのである。
それでも、当時のキャストが「ホンマにおもしろかった〜」という嫁、
故人や思い出に対する感傷なのか、それともそこには笑いの剛速球があったのか…
笑いのセンスに乏しい自分は、ついついこねくり回して考えてしまうのだが、
改めて、偉大な喜劇役者のご冥福を祈りたい。
写真は、立ち呑み仲間(大先輩ですが)のS氏が昔レタリングを手掛けたという
吉本のポスター。パソコンを用いる事が普及する前の時代でした。
(弟子のオール阪神・巨人もまだ若い)

