<DREAM:埼玉大会>◇23日◇さいたまスーパーアリーナ◇2万929人
秋山成勲が貫禄(かんろく)勝ちで、吉田秀彦に挑戦状をたたきつけた。1回、外岡を寝技から腕ひしぎ逆十字固めで1本勝ち。試合後「年末、吉田選手とやりたいです。後輩のお願い受けてくれますよね」とリング上からマイクで吉田への挑戦を熱望した。実現した場合、親交の深いオリックス清原和博内野手にセコンドを依頼することも明かした。
90年代末にヒクソンやホイスのグレイシー柔術が、空手選手をバタバタ簡単に倒して以来、空手メインの選手はどうしても柔道メイン選手に勝てない。記憶に残るところでは小川直也選手が佐竹雅昭選手に軽く勝った試合や、吉田秀彦選手も強い。60年代70年代の、「空手バカ一代」を代表作とする格闘技アクション劇画やカンフー空手映画を中心としたブームでは、「空手最強!」が唱えられていて、僕ら若いファンは疑うことなく信じていたものだが、90年代末以降、空手やムエタイの立ち技格闘技出身者は、どうしてもレスリングやサンボ、柔術柔道出身の選手に勝てず、簡単に倒されて敗れてしまう。60年代に入り、梶原一騎さんが「空手最強!」を劇画で訴えるまでは、それ以前の「姿三死郎」を代表作とする柔道小説、「イガグリくん」など少年柔道漫画の世界で、柔道は正義で空手は悪で、絶対に、悪い空手は正義の柔道に勝てない、という構図だったんだけどね。
○9・23『DREAM.6』さいたまSA大会
出場ファイターの試合後のコメント
■外岡真徳「やっぱり寝技への対応が不足してました」
――試合の感想をお願いします。
外岡 やっぱり寝技への対応が不足してました。
――秋山選手の技で警戒していたのは?
外岡 リーチが長いので警戒してたんですが、懐に入られてテイクダウンを奪われてしまいました。
○船木が弟子破り9年ぶり勝利/DREAM
39歳の船木誠勝(ARMS)が、約9年ぶりの勝利にリング上で男泣きした。パンクラス時代の後輩ミノワマン(32=フリー)を相手に1回52秒、かかと固めで1本勝ち。00年5月のヒクソン・グレイシー戦後には1度引退、昨年大みそかの復帰後3戦目で復活を飾った。
船木の目から、9年分の熱い思いが止めどなくあふれ出た。開始直後からミノワマンに組みついて足を取ると、もん絶する相手のかかとを一気に締め上げた。その間、わずか52秒。船木にとっては、99年10月にパンクラスでトニー・ペテーラに勝って以来、待ちわびた歓喜の瞬間だった。
相手は、自身がパンクラスで全盛を極めた時に入団してきた後輩ミノワマン。対戦が決まった時には「介錯(かいしゃく)するなら、首の皮1枚残さずに」と、因縁対決に進退を懸ける構えを見せた。それだけに「(ファンが)祝福してくれるのが伝わってきた」。勝利後には人目をはばからずに号泣した。
僕、船木誠勝選手は、ハンサムだしカッコ良くて、昔から好きだったんですよね。パンクラス時代の船木選手は強くて本当にカッコ良かった。あの時代、勿論、高田延彦さんや他のプロレス・格闘技選手よりもずっと好きだったし、前田日明さんの次に好きだった。ヒクソンに破れて格闘技現役引退して、その後の船木誠勝さんは、映画・ドラマの俳優やったり、ジム関係やって筋力トレーニングの本出したり、人生うまくやっているように見えてたんだけど、その実は大変な苦労をしていたんですねえ。それにしても、船木−ヒクソン戦で試合が決まった後、失神した船木誠勝選手に最後のバカにした蹴りを入れた、ヒクソンのあの態度は憎憎しく許せない態度として、いつまでも記憶に残る。ヒクソンは好きになれないとても嫌らしい、尊敬できない武道家だった。
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