小林信彦著 「うらなり」を読みました。
夏目漱石の『坊ちゃん』を読んだのは何十年前かよく覚えていない。
たぶん学生時代だったでしょう。
皆が読むからよんでみたのか、それとも教師から読むよう言われて読んだのかそれもはっきりとは覚えていません。
一つだけ今も忘れずにいるのは、登場する教師たちに皆おもしろいあだ名がついていたことです。
「赤シャツ」だの「山嵐」だの「うらなり」だの・・・
そう、この物語は「うらなり」というあまりありがたくないあだ名をもらった、顔色がわるく影の薄い感じの、あの英語教師が主役なのです。
「坊ちゃん」の中には「マドンナ」という憧れの女性が登場したが、彼女はこの「うらなり」先生のなかば許婚のような関係だったらしい。
旧家の出だった「うらなり」は欲などとは縁遠い人柄から、財産を失い「マドンナ」にもふられ、あげくの果てに四国から九州の延岡に転任させられてしまうことになる。
その転任に至るまでのいきさつや、教師同士の力関係などはすべて「うらなり」の視線で書かれている。
もう一度先に「坊ちゃん」を読んでから、この本を読んだらまた違った面白さを感じたと思うのだが。
この物語の中では「坊ちゃん」は東京から赴任してきた元気のよい"五分刈り"の教師として登場し、なぜか「うらなり」に好意的である。
うらなりのような人だといいながら、君子のような人だとも云うのだから、「うらなり」にはよくわからない人物に写る。
時を経て学校を退職し、随筆を書き、出版社から頼まれる児童向きの翻訳などをしておだやかに暮らす「うらなり」があの「マドンナ」と神戸のホテルで再開するシーンが興味深い。
大阪の富豪に嫁いだという「マドンナ」の変貌を不器用だが正確な目で観察する「うらなり」はけっこう魅力的だ。
延岡から二年後に姫路の商業高校の英語教師となった「うらなり」は母を呼び寄せ、やがて校長の世話で結婚をし、二人の子どもをもうける。
松永 美穂(早稲田大学教授)氏の書評に、「うらなり」はその後30年の人生をそこそこ幸せに送ったに対して、四国の学校でわずか1ヶ月同僚だった「五分刈り=坊ちゃん」は四国を去って東京市街鉄道の技術者になった後どうなっただろうか、サラリーマン人生に満足できたのか、無鉄砲が高じて大陸あたりで早死にしたのではないか、
「坊ちゃん」のその後がいまさらながら気になってしまうと書いてあった。