荻原 浩著 「押入れのちよ」を読みました。 ★★★
帯にある様に、「怖いのに、切ない。笑えるけど、哀しい。」という表現がピッタリの短編でした。
私が育った家は日本家屋で、部屋には必ず押入れがあった。
人が使っていない納戸のような部屋にも押入れがあり、何故か少し怖かった記憶がる。
親が子供のおしおきに押入れに入れたり、都合の悪い時に押入れに隠れたりした時代だったから。
今月で失業保険が切れる"恵太"が訪れた不動産やの主人は、風呂付、礼金ナシ、管理費ナシ、6畳の和室にダイニングキッチン、ユーティリティと記された小部屋まである物件を「3万3千円でどうです?」と顔色を伺いながら言った。
「何故こんなに安いんす?」と聞くと「少しばかり古いのが難点でして・・・」。
マンションといってもエレベーターなどもちろん無い小さな3階建ての『月が丘マンション』は確かにボロだったが、新しい就職先の面接を受けたり、一応新居といえる部屋で"恵太"は生活をスタートした。
しばらく連絡しなかった彼女のケイタイが「オカケニナッタ電話番号ハ現在……」でも、ケイタイを変えたのだろうと何ごともあまり深く考え過ぎないのがすくいと云えばすくいなのだが。
だからその夜、まだ片付かない段ボールの向こう側に、おかっぱ頭の女の子を見たとき、
「何をしている? ここは俺の家だぞ」と叫んで、別の住人の子供がカギをかけていなかった玄関から入り込んだのだろうぐらいにしか思わなかった。
だが、市松人形のような女の子は毎晩現われ、箪笥の上で足をブラブラさせていた、玄関のチェーンが懸かっていても・・・。
少女は足もあるし、話もするユウレイだった。「名前は ちよ。川上ちよ 明治三十九年うまれ」
そして"恵太"の恐る恐る与えるコンビニのおにぎりやビーフジャーキーを美味しそうに食べた。
短かった"ちよ"と"恵太"の交流は「怖いのに、切ない。笑えるけど、哀しい。」そのものでした。
「いい考えがあるんだ。父と母の墓を見つけ出してやる。一緒にそこへ行こう」
「ありがたや」
「それまではここに居ていいぞ」
「はいなるあんさー?」
聞き覚えた今ふうの言葉を訳もわからず明るく話す"ちよ"に、かえって少し涙腺がゆるみました。
そして、"ちよ"の着ていた振袖の赤は、まぎれもない曼珠沙華の赤だと確信したのです。