奥野修司著 「心にナイフをしのばせて」を読みました。
1997年に神戸で起きた児童殺傷の「酒鬼薔薇」事件を伝えるテレビのニュースはまだ記憶に新しい。
切断された"首"が置かれていたと云う校門の映像もまだ脳裏に浮かぶ。
しかし、この本は「酒鬼薔薇」事件についてのドキュメントではない。
それより28年も前、まだ70年安保闘争によりいろいろな大学が荒れて、学生運動がさかんだったあの当時、 この本に書かれているような事件が起きていたなんてことを記憶している人がいるだろうか。
しかも、「酒鬼薔薇」事件に酷似した事件が・・・。
1969年の春だった。高校に入学したばかりの「少年A」は同級生の男子を殺害した。
殺害された少年の"首"は胴体から十数センチ離れたつつじ畑の畦道にころがっていた。
「少年A」は家裁で<分裂病質の精神障害>と認められ、しかし<狭義の精神病ではない>から<精神衛生法による強制的入院>は出来ず、中等少年院である栃木県の喜連川少年院に送致された。
そこで「少年A」は3ヵ月間に2度の自殺未遂をし、これが原因でその年の暮れ、府中の関東医療少年院に送られる。
医療少年院では、六法関係の本を読み、法律の勉強をしていたと、当時の同級生の話として伝わっている。
それにしても、犯罪を犯した少年が少年院を出た後「更正」したかどうかすら、被害者家族にすら知り得ないということはどうゆうことなのだろう。
こうやって、「少年A」が過ごした同じ時間を被害者遺族は苦悩の中に過ごすことになる。
母は二年間も寝込み、精神は常に不安定になる。父は一家を支えるためすべての感情を封じて働き、やがて死んでいく。
妹は喜怒哀楽を表さなくなり、やり場のない気持を反抗へと走らせる。「あの事件」を皆が直視できず、したがって「決着」がつけられない。
筆者は母と妹に折に触れ、何度も何度も話を聞くことで、被害者遺族の心情を綴っている。
少年法は、犯罪を犯した少年の更生を第一としている。
しかし、遺族に謝罪することは義務づけてはいない。
30余年後「少年A」は 弁護士になった。
地位も名誉も得て世間の表街道を歩いている。少年法から云えば、立派に更生したのだろう。
しかし、被害者側は30余年が経過した今も、その事件を引きずっているのだ。
おそらくこれからもずっと、心にナイフをしのばせて。