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おいしいコーヒーの真実

2008-06-14

世界中の人達の嗜好品「コーヒー」に関わる国々の一端についての映画。コーヒー産地の農民に支払われる価格は、コーヒーの小売価格の0.1%程度に過ぎなくて、そのおかげで食料の購入にさえ事欠く有様で、子供の教育なんて全く不可能だ、WTOやIMFや世界銀行が押し進める強い者がさらに富んでいくグローバル経済なんてクソ食らえ、とゆう感じの映画です。映像的には並、内容的にも物足りなさが非常にある映画ですが、珈琲という非常に身近な商品が題材となっていますので、世界の現状について理解しようとするきっかけわ与える一本ではあると思います。
 元植民地の国々が旧宗主国の企業から単一作物の栽培を強制され、現地の人々はその作物を買い取る大企業の奴隷のような存在にされている、という事態は世界中で起きていることです。先進国と言われる国々の自由と発展の足元には、なんとも多くの不公平と屍が累々と横たわっていることか。

以下、映画HPより転載
1998〜99年、喫茶店(東京)のコーヒー1杯の平均価格が419円(総務庁統計局の調査)の時に、タンザニア産(「キリマンジャロ」)コーヒーの生産者価格から焙煎豆価格を調査したデータがあります(辻村英之『コーヒーと南北問題』日本経済評論社、2004年)。その価格構成(概算)を以下に掲載いたします。

タンザニアのコーヒー農家 0.4%(1.7円)
タンザニアの流通業者・輸出業者 0.5%(2.1円)
日本の輸入業者・焙煎業者・小売業者 8.2%(34.4円)
日本の喫茶店 90.9%(381円)

映画『おいしいコーヒーの真実』

Posted by inamiyaphotos 20:58:02Comments(0)TrackBack(0)本・映画・美術

中古車輸出

2008-06-05

中古車を輸出する場合、日本での車の登録を抹消する必要が有ります。
陸運局に所定の書類を提出し、登録抹消届をゲットして、車一台ごとに届出番号と車台番号を税関に申告する(MOA)必要があります。
申告時に届出書の有効期限が切れている場合があるので、申告時に要審査です。また、添付書類に車台番号が確認できる写真等がついていない場合で、輸出社がいわゆる大手でない場合は、検査となる確率が大幅に上がるので、バンニング前に必ず車台番号等が確認できる画像を残しておきましょう。

Posted by inamiyaphotos 21:31:46Comments(0)TrackBack(0)乙仲日記

仕事始め

2008-06-04

また乙仲です。やっぱり港湾作業が本業のようです。
午前中は通関を忘れてましたが、タリフとかNACCSとかいじっている間に記憶が戻ってきました。
8年間で体に色々と染み付いてたようです。

Posted by inamiyaphotos 22:00:13Comments(1)TrackBack(0)乙仲日記

折口信夫 戦争と平和

2008-05-24

多摩美術大学で行われたシンポジウム。折口信夫について、

岡野弘彦 『神道概論』をめぐって、折口の神について
中沢新一 「神道宗教化の意義」をめぐって、折口の新しい宗教論について
藤井貞和 『現代襤褸集』をめぐって、折口の詩について
平出 隆 折口の詩論、言語論をめぐって
成瀬 有 『倭をぐな』をめぐって、折口最晩年の短歌について
持田叙子 「死者の書 続篇」をめぐって、折口晩年の散文作品について
長谷川政春 「源氏物語における男女両主人公」をめぐって、折口の源氏物語論について
安藤礼二 「民族史観における他界観念」について、問題提起のまとめ

てな感じで講演がありました。
各々の発表が充実していてとても濃い時間を過ごせました。
これだけ多様な側面について、今なお人に語らせるだけの力を持った作品を大量に残した折口信夫のスゴさの一端を知ることができました。折口の作品は読んだことないので、これは読まねばなるまいよ、と痛切に思いました。

Posted by inamiyaphotos 21:58:35Comments(0)TrackBack(0)その他

太田・新田

2008-05-23

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多摩から、東京を通過して、北千住から東武に乗って遥々群馬県太田市まで行ってきました。内陸だもんで、すごい暑かったです。太田では、いきなり駅前にブラジル銀行があってビックリ。土地柄ですね。
 駅からはバスにのって生品神社まで遠征。鎌倉幕府を倒した新田義貞が挙兵した場所、らしいです。境内には徳川家達揮毫の挙兵記念碑とか、その類の碑がいっぱい建ってました。今は影が薄いですが、ちょっと前までは南朝方の英雄でしたから。旧新田町は新田氏縁の土地で、色々と関連遺跡とか史蹟がぽちぽちと点在しいておるみたいです。公共交通を使ってですと巡るのはちよ難しいですが。。。。帰りはバスの時間(一日4本)とさっぱり合わないので、神社から治良門橋(じろえんばし。って読むんです)まで1時間ほどてくてく歩きました。太田は色々と工場が多いので、大型が多くて、街道沿いは空気が悪かったです。
 

Posted by inamiyaphotos 22:40:50Comments(0)TrackBack(0)写真的日記

近所の川

2008-05-18

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チャリに乗って、川を越えて東京都に行ってみました。すぐに東京にいけました。麻生区よりも気軽にチャリが使えます。

Posted by inamiyaphotos 19:21:58Comments(0)TrackBack(0)写真的日記

サイクロンと本土空襲

2008-05-12

ビルマのサイクロン被害から10日経ってようやく国際緊急援助の手が入りました。といってもNPOや人道団体は入国を拒否されていますが。支配継続を決める為のやらせ選挙が終わるまで他国の人を国内に入れたくなかったようですね。現在の支配層である軍事政権は、権力を維持する為に国民の犠牲がいくら広がろうと全く気にしていないようです。
 さて、この状況。どこかで読んだ事がアります。63年前の日本の状況とそっくりです。絶対国防圏を易々と破られ、ガダルカナル島全滅、アッツ島全滅、フィリピン陥落、沖縄戦での鉄の暴風、本土空襲、広島・長崎への原爆投下、と、壊滅的な打撃を受けながらも、一回勝利をしてからの有利な条件での講和→国体護持の条件が確約されるまで戦闘を継続する、と、国民を全く無視する政策を掲げ続け、戦争指導者グループは国体護持についての確約が得られるまでポツダム宣言の受諾を行いませんでした。
 時代や場所は変わっても、軍事独裁政権が目指す方向というのは変わらないようです。今の日本から見ると、ビルマの現状は想像し難く、自分と関係ない遠い国の話として受け取りがちですが、戦中の日本も同じような状況だったと思って、ビルマ軍事政権の対応を見てみると、日本の過去をよりよく想像する上での参考に、非常に、なると思います。?どうでしょう?

Posted by inamiyaphotos 22:47:03Comments(0)TrackBack(0)その他

のみねーと

2008-05-09

フォトシティさがみはら新人奨励賞にノミネートされたそうでポートフォリオを送らないといけません。
見直すとトーンがバラバラ。これを出したら落ちそうだな。だらぁっとしてる間にちゃんと焼き直しとけばよかったね。先に立たず・・・

Posted by inamiyaphotos 23:11:37Comments(2)TrackBack(0)写真的日記 「くに」のかたち編

松代大本営(象山壕)

2008-05-08

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太平洋戦争末期に軍部が天皇や政府、NHKなどの各機関を東京から移すべく長野県は松代に地下壕が掘られました。着工したのは1944年(昭和19年)11月、それが翌1945年(昭和20年)8月の敗戦時まで工事は続けられ、当時の金で2億円の予算を使い、強制連行された朝鮮人約6000人と学徒動員された人々などを使役し、10キロ以上にわたるトンネル網を今に残しました。その一つが象山壕です。自由に中を見学できるのはここだけです。この他に舞鶴山地下壕、皆神山地下壕があります。
 実際に中に入ってみて、高さ2m半ほどの素掘りのトンネルだけが延々続き、部屋がないことにちょっと驚きました。本当に突貫工事で作ったということがすぐに見てとれ、こんな場所に閉じこもって戦争なんかできるかよ、としみじみ思いました。沖縄戦といい、南洋での各戦闘といい、矢鱈と地下壕を掘って中に閉じこもっていますが、沖縄では自分たちが地下壕に入る為に住民を平気で殺したりしていますが、陸軍はトンネル掘とっきゃあなんとかなるとでも思っていたのでしょうか?正直、この程度のことしか考えられない連中だから中国・アメリカ・イギリスを相手に無謀な戦争やったんだなぁ、なんて妙に納得したりしました。
 サイパン陥落後、本土空襲が日常化しますが「万世一系の天皇これを統治す」=国体を護るために、皇位継承の必需品である三種の神器を松代に移送する計画がありました。こうした事象を初めとして、戦争の終局時に考えられていたのは国体護持しかなかったわけで、そこには無差別都市空襲で日々焼き殺されていく国民という存在がいることは全く考慮されていません。明治憲法下において天皇のを、西洋社会でいう全てを超越する「神」=GODの地位に据え、宗教的かつ政治的に国民統合の核となる概念にしてしまったことが暴走し、天皇という一個人=国家、という構造になってしまったわけです。
 ひんやりとしたトンネルを歩きながら、怒りや、恐ろしさや、情けなさや、色々な感情を抱きつつ考えたりしました。

参考→松代大本営

Posted by inamiyaphotos 21:43:29Comments(2)TrackBack(0)その他

剣・立山

2008-05-07

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富山湾越しに見た北アルプス。今回は見ただけですが、見ると登りたくなるもんです。

Posted by inamiyaphotos 18:06:54Comments(0)TrackBack(0)やま

北陸からきたく

2008-05-06

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帰宅のいちにち。能生から8号で直江津、それから18号を南下、建設中の北陸新幹線の高架の下をくぐってから、さらに進み、燕温泉で露天風呂を楽しもうと途中で寄り道してみたら、まだ雪融けしてなくて、風呂は未開業でした。残念!!! しょうがない?のでスキー場の斜面をちょっと登って、燕の惣滝と妙高山を眺めてから降りてきました。雪融けの森から新芽が出始めてきており、春が1200メートル位までやっと訪れてきていました。
 まぁ、燕温泉には敗北しましたが、旅に出たからには一日一湯は義務なので、また調べ直して松代の加賀井温泉に入ってきました。ボロいですが、泉質は抜群で、40分ばかり湯に浸ってぼぉっとしょていました。風呂後、松代大本営となる予定だった地下壕を見物してから、国道406で群馬に入り、八ツ場ダム予定地で着々と進む無駄な大型土木工事を見ながら、前橋から50号で佐野に移動し、栗橋から電車に乗って帰ってきました。。。

Posted by inamiyaphotos 23:25:07Comments(0)TrackBack(0)写真的日記

能登半島

2008-05-05

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今日は曇りのち雨のち激しい雨。
 能登半島をドライブした一日。氷見魚市場の海寶で美味しい定食を食べてから、一路北に。曇りでしたが北アルプスは見えていて、富山湾越しに剣や立山の雄姿を拝む事ができました。さらに北に、七尾では何年か前にたまたま見物した青柏祭の山鉾を車内からちらっと眺めて、穴水を超えて、輪島を通過して、曽々木の時国家へ。前に来たのは大学時代なので、もう10年以上前、あの時は穴水〜能登間にはまだ能登鉄道が走ってましたから。
 さらっと見学の後は、今日の温泉へ。今日は神代温泉。このあたりに来た時は必ず寄るようにしている、私の中の名湯の一つです。相変わらずのいい湯でした。

Posted by inamiyaphotos 23:42:57Comments(0)TrackBack(0)写真的日記

福井

2008-05-04

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本日も昨日に引き続き晴れ上がり、非常に暑かったです。
 今日はお隣の福井県に出没。金沢に比べると町並みが垢抜けないです。しかし注目すべきは福井県庁で、福井城の跡地に建っております。城跡には堀と石垣がそのまま残っているので、福井県庁&福井県警は相当強そうで、偉そうに見えました。ある意味では都庁以上に権威的に見えたかも。。。
撮影終わって、越前に温泉にゆく途中で見かけた鯖江は西山公園の躑躅が満開を迎えておりまして、公園中が紅色、白色、躑躅色に埋め尽くされてました。
温泉に行ってみると入り口入って右側すぐのところに堂々と放射能測定器が置いてあるのを発見し、おぉ若狭湾だぁ、としみじみ実感した次第。敦賀湾を挟んで対岸の山陰に見え隠れする敦賀原発を眺めながら、湯につかってみました。塩素の臭いのする単純泉でイマイチ。

Posted by inamiyaphotos 21:34:51Comments(0)TrackBack(0)写真的日記

金沢

2008-05-03

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医王山の富山側にある法林寺温泉で昨日夜の疲れをとり、山の中を金沢に移動。着くとトリアエズ飯ということになり、近江市場に直行。それから後は、金沢城周辺で撮影。
 新しいテーマで一つの作品としてまとまる可能性が出てきた感があるので、また、性凝りもなく、西へ東へと、旅にでないきゃならなくなりそうで。しかし、作り始めの時の写真の撮り辛さは相変わらずで、同じ場所でカメラを持ってどう撮るかひたすら悩みます。
スカっと晴れた金沢市内でした。なんだかんだと、年に一度くらい来ている気がしますが、金沢城跡には初めて入りました。加賀菓子博のようなイベントをやってまして、中田屋のきんつばが抑制された甘さでありつつ、素材の持味を引き出していて、非常に美味かったです。戦前まで第6師団本部があったようで、城内のあちこちに軍が居た痕跡が残ってました。

Posted by inamiyaphotos 22:26:17Comments(0)TrackBack(0)写真的日記

道路特定財源 復活 をみて

2008-04-30

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米軍 思いやり予算
沖縄 泡瀬干潟埋め立て
熊本 川辺川ダム
東京 東京第二湾岸道路
長野 浅川ダム
山口 上関原発
青森 大間原発

などなど、日本全国には必要ないのに、一度決まったからという理由だけで、続行されたている公共事業が腐るほど有ります。というか、腐ってるので、腐肉にタカる人が千代田区やその辺りに数多いるわけです。
 借金が800兆円ある中で、歳入を減らすわけにはいかない。歳入が減った分福祉や教育に皺寄せがいくと。地方では工事が止まって暮らしがままならなくなる、と。
 役人がカラオケセット買ったり、家建てたり、てな感じで使い込んだり、一泊10万円のホテル使って海外旅行行ってみたり、という感じで遊んだり、色々好き放題に使っております。そういう用途外使用も相当ヒドイですが、上記のように計画自体がムダなものが無茶苦茶沢山ありわけです。今作っている高速道路区間のほとんどは、国道の右折レーン増設等の改修や、都市部のみの迂回バイパスを作ることで対応できるものでしょう。
 また、一般道の渋滞の多くは大型路面店への入り待ちの車列によって発生しています。入間にアウトレットができて大渋滞が起きてますが、こういう施設を作れば渋滞が発生する事は眼に見えており、これが元で税金を投入して新たに道を作るということであれば、それは特定企業への補助金と同意義になります。こうした場合、建設時点で周辺道路の整備、車対策を、施設を立てた当事者にやらせるのが筋でしょう。
 元々必要ないものを作っていることを棚に上げて、さらには役人天国を成敗もせずに、教育や福祉に皺寄せがいくとか、借金の額とかは理由にならんでしょう。その借金自体が、自民党政権が積み上げてきたものであって、それをこしらえた人達は今現在、無責任に、のうのうと賢人会議に出席したりして余生を楽しんでいるんですから。
 地方が止まる点についても、工場労働力を増やす為に、高度成長期以前まで地方の主産業であった農林水産業を切り捨てて、地方から都会へと人口を移動させる施策を取ったのは国でしょう。その結果として一次産業が壊滅的状況となり、ほとんどの地方では公共事業が主産業となってしまったわけですよね。だから、地方が道路建設を遮二無二求めて来るわけですよね。延々とこういう状況を作り出しておいて、地方が止まるから道路特定財源を復活させろ、というのはヒドクないですか?
逆に、地方が霞ヶ関にぶら下がることでしか自治体運営ができない状況をこそ、根本的に変えることこそが必要でしょう。
 明日から道路特定財源が復活すると、またぞろ役人どもが、税金を自分の金だと勘違いして使い込むわ、金を使う為でしかない無駄な計画を立てるわ、田中角栄的土建システムにがっちり組み込まれてる政治家連中が好き放題、道路なんかを作るのは眼に見えています。特定財源から一般財源になったところで同じでしょう。基本的に霞ヶ関は情報公開しないんですから、国会議員にでもならない限り、リアルタイムの情報チェックはできませんし。
 やっぱり、ここは一度廃止した上で、車という必要悪を社会の中でいかに位置づけるのか?環境負荷、交通事故、騒音、振動、等々、使って便利さを享受する本人以外に車が与える悪影響は相当ヒドイものですから。かといって、無くす訳にもいかない。ならば、社会に与えるコスト分をしっかり乗る人に負担してもらうべきです。個人の利便性と、周囲への悪影響のバランスをどこでとるのか?と言う所まで溯って今後の方向性を決めるべき、だと思います。。

Posted by inamiyaphotos 20:15:16Comments(1)TrackBack(0)その他

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foaf プロフィール

プロフィール
名前 稲宮 康人
e-mail photo_inamiya@yahoo.co.jp
性別
職種 その他
生年月日 1975 / 3 / 26

平和が好きで何が悪い!

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