| 「本・映画・美術」 の記事一覧 |
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潜水服は蝶の夢を見る
2008-03-14
思うところあって、評判の好いこの映画を見に行きました。意識はあるけど、左眼以外の一切を動かすことができなくなった一人の男の映画です。映画を観る者が主人公の立場に入っていけるよう、かなり撮り方の工夫をしています。左眼しか動かない人を主人公にして映像作品を作るというのは、映像に変化をつけようがないので非常に困難なのですが、その点は見事にクリアしたと言っていいでしょう。
難病ものによくある、お涙頂戴映画にすることなく、かといって、暗闇に突き落とす訳でもなく、ユーモアを使って軽妙に描くのは心地好いやり方だと思います。さて、人の自由はどこにあるのか?どこにでもいける体の自由があるに越したことは無いですが、体が動かなくなっても周囲の理解と協力、本人を生かす環境があれば、人の想像の翼はどこまでも羽ばたいてゆき、何かを創造し得るんだ、と。
動かない状況はどうなんだろう?ということに興味がいって、そんなに映画に浸れませんでしたが、結構いい映画でした。スクリーンで見るに値します。
潜水服は蝶の夢を見る 公式HP
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没後50年 横山大観
2008-02-29
国立新美術館でやっている横山大観の回顧展。来週終わるのに気付いて慌てて行って来ました。撮影に行った先々で訪れた美術館の常設展で、目を引いた日本画の作品に大観の作品が多くあったので、これは行かねば、と思っておったのです。
今まで見たのは小品ばかりだったのですが、今回は大作の展示が多く、彼のスケール感の大きさが好く判りました。対象の本質を抽出した色使いや形の掴み方、大画面を縦横無尽に使った筆致は流石と言う他はありませんでした。伝統を生かしながらも明治の開国と共に入ってきた新しい要素を取り入れながら、日本画の新境地を切り開ていった過程も伺えました。
ただ、彼が戦時中に日本美術報国会の会長に就任し、日中・太平洋戦争に対して全面的に協力していたこと。や、その時期の画題としての富士の展開など。図録では解説に多少戦争との繋がりが書いてありますが、(当然ながら)展示には何もそういった記述は無かったのが残念です。時代背景と芸術作品との関係性について問いを投げ掛ける、といった展示方法があると、もっと面白いくなるのに、とも思いました。
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建築の記憶 写真と建築の近現代
2008-02-21
写真黎明期の明治から現在まで写されてきた建築写真の展覧会。美術館でやる写真の展覧会の切り口としては、どうしても撮り手固有の見方を強調するような展示が多くなってしまうのですが、この展示は写っている対象が建築だけなので情報を伝える手段としての面が強く出てきているように思います。
明治の東京を俯瞰で捉えた写真や、世界建築行脚をした伊東忠太が撮った写真、渡辺義雄の伊勢や、石元泰博の広島平和記念資料館等々、年月を経て尚も輝きを失っていない見ごたえのある写真が多数展示されていました。伊東忠太が国費で世界中の建築を見る為の旅に出ていたことは初めて知りました。
東京都庭園美術館で3月31日まで。
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土田ヒロミのニッポン
2008-02-16
ヒロシマシリーズで著名な
土田ヒロミの回顧展です。デビュー作である、土俗的な日本を捉えた「俗神」。経済成長と一国総中流への奔流の中であらゆる場所に群れ集う人々を捉えた「砂を数える」。ヒロシマの被爆者・被爆地・遺品を撮った3部作。また、俗神の続編として、未だ日本に生き残っている祭りのしぐさを捉え、日本の源を探ろうとする試みである「続・俗神」。
一人の人間が日本という国家を相手にして、写真を使って、がっぷり四つに取り組んできた時間が一息に見渡せる展示で。非常に見応えがある展示でした。撮った被写体の意味を見せる為、時代に合った表現手段を探りながら、注意深く進んできた作者の歩みは、確かに日本の同時代の証言として成り立っています。この眼差しの確かさはサスガでした。
ただ、中身が充実し過ぎていて展示スペースが狭く感じました。ヒロシマシリーズは定点観測の要領で被写体を追いかけているのが判らなかったし、続・俗神についてはあれだけ迫力ある写真なのに展示スペースが狭くて点数が少なく感じました。これだけ中身が濃い写真があるならば、(費用のことはまた考えるとして)2フロア使った展示が良かったと思います。
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撮影・浮世絵・銅鐸
2008-02-07
本日は神戸・元町あたりにお出かけ。ちょっと撮影して、神戸市立博物館に浮世絵を見に行きました。北斎の肉筆画集の鶏図は非常に良かったのですが、常設展示にあった国宝の銅鐸が一番印象的でした。銅鐸に刻まれた弥生人の絵は、単純で原始的だからこそ持っている始原の力を放っていました。人が動物・自然と分化していなかった時代に、人は外界をどういう風に感じていたのかしら?今の世にあえて、そういう単純さを見直すことが必要とされているんでしょうね。
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大失敗
2008-01-16
出版社/メーカー:国書刊行会
価格:¥ 2,940
ISBN/ASIN:433604502X
Rating:★★★★★
21世紀に事故によって土星の衛星タイタンでガラス固化体となった主人公が、22世紀の技術で甦り、別の銀河系に存在する知的生命体に接触を図る為に宇宙遠征を行う、って筋です。タイタンは勿論、別の銀河など見たこともないのですが、技術的・文学的な描写が見事で、全く経験した事のない世界の中にぐいぐいと引き込まれていきます。タイトルが示すとおり、大失敗に向けて話が進んでいくのですが、なんというか、相対性理論や量子論が全て解き明かされるくらい科学が進んだとしても、人間が人間としてある限り、どうしようもないコトを繰り返していくしかないのか、と納得してします。
レムは小説を書くに当たっては、「作者自身が信じてもいない希望を与えるべきでなく、自分が心から信じている希望を作品の中で表現するべきであると思っている。作者がそういう希望を持てなくて。自分が書くものでもって現実から己と読者の目を塞ぐとすれば、その作者は文学の堕落に一役かうことになる。 中略 己の力量と知識に応じて読者に忠告を与え、彼らの希望を支えてやるべきであって、もはや希望など存在しないなどと断言してはならない」と言っています。
この言葉からするとこの小説は、レムから読者に対しての大いなる忠告、ということでしょうか。
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サラエボの花
2007-12-21
ボスニア・ヘルツェゴビナの映画です。女性監督が撮った映画で、眼差しが丁寧で、映像を優しさで包んだような、印象を受けました。
お話はユーゴ内戦を知っている方なら、初めの5分くらい見れば想像できる内容ですが、やはり、明らかな殺し合いである戦闘が終わっても、民族浄化・いわゆるジェノサイドという異常な体験は関わった者、特に被害者の内部に重く、黒い影響を残し続けていることを、映像作品に仕上げるという行為で、声無き声を代弁し、映像の力で観る者に知らしめることに成功している、優れた映画だと思います。日本では心的外傷というものにあまり理解がなされていませんが、もっとこの映画のように心的外傷からの回復と人間性の再生が、被害を受けた当人にとって如何に重大な事態であるのかを理解する人が多くなるといいなぁと思います。
しょっぱなの目をつぶった女たちのシーンは非常に美しくて、私は好きです。
「サラエボの花」公式HPへ
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いのちの食べ方
2007-11-19
私たちが普段口にしている食料品がどうやって作られているのかを、淡々とした映像のみで綴ったドキュメンタリー映画です。salgadoのworkersの食品工場の内容をandreas gurskyの映像で撮ったというような企画です。
映画のしょっぱなに、ひよこがベルココンベアーで運ばれ、ダクトから滝のように吐き出されてプラスチックコンテナーに次々と収納されていく様は、食べられることが決まっている命は、生命として扱われていない。という事を如実に示してくれます。鶏・豚・牛といった動物が工業品のように扱われているのには、強烈な違和感を覚えました。
人は動物よりも植物の方を大量に摂取していますが、そちらの方も強烈です。地平線の果てまで続く畑で、日本でよく見るコンバインなんかが玩具に見える位の、巨大な農業機械や飛行機をじゃんじゃん使っての石油農業が展開されている様にはやっぱり、ゾッととさせられます。この映画で見た光景は私が日本全国で見てきてきた、狭い農地にジジババがへばりついている、農の風景とはかけ離れたトコロにありました。しかし、コンビニ弁当やファミレス、冷凍食品などを通して確実に自分たちの口に入ってきている食料の現実でもあります。
人間と言う種は自らも生命の一種であるとういうことを忘れ、狂気の領域に大きく踏み入っているというのが感想です。不遜の一言につきます。
「いのちの食べ方」公式HP
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ムンク展
2007-11-06
「叫び」で有名なムンクの展覧会。叫びは来ておりませんが、苦悩と、絶望、の2点が来ています。世界の中で人は孤独の中にしか存在し得ない。一人の孤独を二人で分け合い、耐え忍んでいくことに救いを見出しているように見えました。ムンク独特の色は北極圏に近い北欧という環境をよく反映されているんだろうなぁ。
作家個人の苦悩から出発した作品(秘蹟、ゴルゴダ、死臭、
声・夏の夜)の方が、社会を表象しようとした作品よりも、力が籠っているように思えます。
オスロ大学講堂の太陽の絵では。キリスト教的な世界で無く、前キリスト世界には西洋にもあった太陽崇拝を直球で表現しており、ムンクの他の絵にもよく登場する樹の存在と併せて、彼の自然に対する姿勢が窺えるとも。
オスロ市ムンク美術館
国立西洋美術館 〜1月6日
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大徳川展
2007-10-24
江戸の将軍徳川家に伝わってきたお宝の数々をまとめて見れる展覧会です。家康の甲冑から始まり、慶喜の大政奉還文書まで、見所満載です。
茶道具に興味がある人ですと、千利休作の
茶杓や、
初花などの大名物の数々。刀が好きな人には、正宗や葵紋蒔絵螺鈿打刀拵、とか。蒔絵が好きな人には、嫁入り道具の調度品は、金・銀・蒔絵・螺鈿細工がこれでもかってくらい展示されてます。着物が好きな方には能衣装やら結婚衣装。家康の肖像画多数。。。
兎に角、日本美術・歴史になんらかの関心がある人であれば、どこかの展示で興味を引くものが必ずあると思います。真面目に見ると3,4時間はかかるので、時間に余裕を持ってお出かけ下さい。
私的には、秀吉に切腹を命じられてから利休が作り最後の茶会で古田織部に与えた茶杓と、幕府が朝廷に開国の勅許を求めた時に、「衆議して決まらなかった場合伊勢神宮で籤を引いて神慮にて決める」と朝廷が幕府に返書した文書がつぼにはまりました。
大徳川展公式HPへ
東京国立博物館で12月2日まで
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美麗 院政期の絵画
2007-09-27
奈良国立博物館でやってる日本美術の展覧会。
国宝と重文ばっかりの展示でした。菩薩や明王像の仏画の大きさと迫力に、浄土への救済を願う公家の観念についてや、実物の両界曼荼羅の巨大さに、当時の貴族社会の中で顕密仏教が占めていた役割が少し理解できたように思います。黒田俊雄氏の顕密体制論や高取正男氏の神道の誕生等、宗教を中心として日本史を勉強し直してまして、仏画を見るに当たってその成果が少し出てきたように思います。
平家納経の実物もありまして、金・銀泥を使って書かれた写経は、やはり当時の武家の浄土への想いの深さを感じました。新古今和歌集の最古写本なんかも御座いました。
絵巻も、
伴大納言絵巻、
信貴山縁起絵巻、粉河寺縁起絵巻、とまぁ、魅力的なものばかりでした。
最後の方に平安時代の絵画ではなくて鎌倉時代に描かれた仏画もあったのですが、明らかに平安のものとは画風が違ってきておりまして、京都文化に、鎌倉の東国文化が与えた影響は大きいようです。
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ヒロシマ・ナガサキ
2007-08-01
ヒロシマとナガサキ。原爆が投下された二つの都市です。被爆者へのインタビューを軸にした原爆映画です。1945年8月6日、9日の原爆投下からもう62年経ちますが、62年間の歳月でさえ被爆の事実を忘却の彼方へと追いやることなく、今でも被爆者の脳裏にしっかりと刻まれ続けていました。
目の前で燃えていく親姉弟、全てが破壊された街に黒焦げになった死体が累々と転がっている風景、火傷のケロイドにたかる蛆と蝿、痛みから殺してくれと頼む患者、放射能の後遺症が気味悪がられ普通の人達から今でも受け続けている差別。
毎日のように脳裏に甦ってくる地獄に苦しめられ、被爆者の方々は今でも原爆の中を生きているのです。光の中では社会に苦しみ、闇の中では記憶に苦しむ。被爆者の方々が生きてきた道筋は、余りにも苦難に満ちています。原爆どころか、戦争ですらも体験したことが無い、この幸福な私は、凄惨な体験に耳を傾け、自らの無知を想像力で補っていくことしか、術が無いように思います。
見る者が当時の状況に近づきやすいよう、本人の語りに当時の映像資料や被爆者が描いた絵をテンポよく交え、コンパクトにまとめた優れたドキュメンタリー映画です。直接被爆者の方々の話を聞くことのできる機会は少ないと思いますが、この映画を見て原爆とはいかなる存在であるのか?想像を巡らして頂きたいと思います。
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TOKKO -特攻-
2007-07-26
誰もが知っている特攻という言葉。NYで9・11が起こった時にもカミカゼ・アタックという言葉が使われました。ある意味で特攻隊は日本発でグローバル単語になった言葉でもあります。その言葉が持っている意味は「死を恐れることなく突っ込んでくるCrazy Jap」ってなところでしょう。
さて、本当にそうだったのでしょうか?特攻隊に選ばれアメリカの軍艦に突っ込んでいった人達は、国家の為に、天皇の赤子として、靖国に祀られる、ことを本当の所どう思っていたのか?実際に特攻に参加しながらも生き残った人のインタビューと当時の記録映像で綴る軽めの映画です。
特攻に出たけれども、途中でやる気がなくなっちゃって帰ってきちゃって。そんで今でも生き残ってインタビューに答えているジジイ。その存在でもって喜んで死んでいった奴なんかいやしない、ってなことを示してるんかなぁ。
日系2世のアメリカ人である監督個人の興味から始まり、最後までその視線を外すことなくきっちりまとめていますし、また90分という短い長さもあって、軽く見ることのできる質のいい小品だと思います。
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選挙
2007-07-11
ちょっと話題の選挙を撮ったドキュメンタリー映画。
アベの前のコイズミブームの中で落下傘候補がゼロから選挙運動を初め、開票に至るまでをじっくり?追いかけます。人が耳を傾けるのは3秒だからその間に一度名前を言うようにしなければならない、らしい。選挙なのに、政策の話はほとんど無し。幼稚園・老人会・後援会。。。兎に角自民党に関わりの有るいろんな会合に顔を出し、ひたすら握手&名前の連呼。川崎を地盤にする、衆議院・参議院・県議・市議が並び立ち、これまた握手と名前の連呼。この映画を見ますと、選挙で金がかかると議員が騒ぐのが少し判ります。また、総理大臣を頂点とした自民党組織が一つの明治的村社会として相互監視しながら当選に向けて蠢いているのを見ますと、自民党議員が「女は産む機械だ」というのが常識の自民風土の一端を垣間見れるような気もします。
参院選の前に見るといいじゃあないでしょか、選挙自体が馬鹿らしくなって投票に行く気が失せるかもしれませんが・・・・・
公式HP
Posted by inamiyaphotos 22:53:38│Comments(0) │TrackBack(0)
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