| 「世界的写真」 の記事一覧 |
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現場の声が聞こえてくるような映像群
2007-05-19
アイルランド紛争に始まり、イラン、ユーゴ、ボスニア、9・11、と世界の現場を渡り歩いております。Gilles Peressです。ナクトウェイやサルガドのように1カットごとに独立したイメージを作り出すというより、自分の目の前に起きている現実を連続したイメージで捉えていくといった写真です。
ルワンダのジェノサイドを題材にしたThe Silenceという写真集があります。非常にすぐれた一冊です。人が誰もが持っているマイナス方向への可能性を噛み締めるためにも、是非見てもらいたい写真たちです。
Posted by inamiyaphotos 16:15:47│Comments(0) │TrackBack(0)
戦争写真の究極
2007-05-16
今、世界で戦争写真の第一人者といえば、誰もがJames Nactweyと答えるでしょう。
洗練された構図。光の扱い方。世界の紛争地帯を渡り歩く行動力。戦争を芸術に変えた男としてその名を世界に轟かせています。
イラクでの撮影中に車に手榴弾を投げ込まれましたが、なぜかまだ生きていて、復帰してまた紛争地に戻り写真を撮っています。多分、神様が後ろにくっついているのでしょう。南無。
ナクトウェイの写真をもっと見る方はこっちよ!!
Posted by inamiyaphotos 18:54:28│Comments(0) │TrackBack(0)
写真の創始者
2007-02-06
William Henry Fox Talbot。この人が世界で最初にphotographeを撮った人です。やはり始原の眼差しというのは、ただカメラでモノを写し取る事が出来るという事に対する喜びが見て取れます。今の私達のように氾濫する映像に慣れ、より刺激の強い世界を求め続ける眼ではなくて、絵筆以外で世界を最初に写し取る事ができ、兎に角写す事が幸せである、というような写真です。これは本当に物事の最初にしか成立し得ない、今の私達がもう戻る事の出来ない、稀有な原初の視線です。
今、
東京都写真美術館でやっている「光と影」という展覧会に6枚展示されています。彼の写真を見られるだけでも価値のある展示です。
Posted by inamiyaphotos 21:24:53│Comments(0) │TrackBack(0)
ヒロシマ2005 60年目のヒロシマ
2006-07-24
土田ヒロミのヒロシマシリーズの最新作です。今まで、「ヒロシマ1945−1979」で原爆の子に被爆体験を書いた子供の35年後の姿を撮り、「ヒロシマ・モニュメント」で原爆投下時から広島市内に残っている場所を80年代と90年代に撮り、「ヒロシマコレクション」では平和記念館に収蔵されている被爆品を撮りました。その作者が今回は原爆の子のその後、と2005年の8月6日の平和公園の様子のカラースナップが一緒になって展示されています。体験者としての被爆者の60年の重みと想像することしかできない平和集会に参加して、反戦アピールをしている人達の軽さ、その両相の対比が現代を炙り出している、そういう写真です。被爆者という存在に長年関わり続けることで、やっと表現できる、そういう写真です。
私的な視線でヒロシマを撮った
Guillaumeの
サイトを併せて見ると、写真家の個性が判って面白いと思います。
銀座ニコンサロン 7/24 (月)〜8/5 (土)
大阪ニコンサロン 9/14〜9/26
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Posted by inamiyaphotos 22:57:13│Comments(0) │TrackBack(0)
アンリ・カルティエ・ブレッソン 瞬間の記憶
2006-07-01
現在のドキュメンタリー写真の基礎を築いた
フォト・エージェンシー・マグナムの創設者の一人、アンリ・カルティエ・ブレッソンのインタビュー映画です。
josef koudelka,robert delpire,eliott erwitt,feridinando siannna,等など、名だたる写真家、評論家などが登場し、ブレッソンの写真について語ります。ブレッソンの最初の写真集「すり抜けていく時間」(日本での題名は「決定的瞬間」)は今見ても、ようこんな瞬間にシャッター切れたな、と思わせる写真ばかりで、写真という分野に留まらず、様々な分野に大きな影響を与えました。そして、持ち前の見事な構図でもって、第二次世界大戦、中国革命、ガンジー死去、アメリカの格差社会、など世界の事件をルポルタージュし続けてきました。まさしく、世界を飛び回り、時代の瞬間を目撃した人です。やはり、古典中の古典ですから、写真に興味がある人なら誰でも見ておかなければならない写真です。
ブレッソンの写真はこちら。
鈴木邦弘が語るブレッソンは
こちら。
Posted by inamiyaphotos 21:16:50│Comments(0) │TrackBack(0)
日本のドキュメンタリー写真の先駆者
2006-04-27
日本の誇る世界の写真家、
濱谷浩です。彼については、「濱谷浩写真集成」の地の貌に書いてある、エルンスト・ハースの序文が、全てを語っていると思いますので、それの一部を引用いたしましょう。
われわれの生命と感覚にはかぎりがある、小さきもの大きなものなら見ることもできるが、極小と極大、ましては絶対的な全体は人知の及び得ぬものである。だから、われわれは部分の中に全体を求めるほかない、写真とはこの全体を形作る部分なのだ。濱谷は全体を抱きとろうとして生きてきた男である。しかし、全体に手を触れようとすればするほど、わが腕のあまりに短く、360度の地平を抱き取り得ぬことを識ったのだ。だからこそ、かれはカメラを手に執った。50年前のことである。濱谷は交響楽的手法で、この楽器を奏でた、翻訳を必要とせぬ、目に見える言葉として。彼の主題は人間と自然である。
かれは自然を考えるのではなく、自然を感じ、自然と化した、こうした天衣無縫は人の達し得る高度の抽象段階である。
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Posted by inamiyaphotos 15:40:45│Comments(0) │TrackBack(0)
環境と人間
2006-04-26
人間が社会を形成していくには必ず自然の中へと踏み入っていかなければなりません。アメリカのニュートポグラフィックの雄
Robert Adamsは、同じ様な手法を使っている
Lewis Baltzとはまた違った切り口で、社会の在り様を写真に捉えています。自然の中に人間の痕跡が残る風景、地形の移り変わりと共に、徐々に自然から人間社会へと移り変わっていく、その変化の様を、人間が環境とどのように関わり合いながら生きてきたのか、という視点でもって世の中を眺めています。
Posted by inamiyaphotos 22:34:51│Comments(0) │TrackBack(0)
日常という異世界
2006-04-26
Lewis Baltzです。私達が普通に住んでいる場所が、如何に恐ろしく、また居心地の悪い、得体の知れないトコロであるのかを、写真によって顕わにしてくれています。カリフォルニアの住宅地から始まり、核実験場、スキーリゾート、旧海軍基地跡、刑務所跡地、へと撮り進めていきます。それらの場所を、意味と美しさが共存できるギリギリまで削ったフレーミングで撮っています。一枚でも十二分に凄みがあるのですが、展示されている状態や写真集という形態で見ると、私達が居る環境が恐いくらいに突き刺さってきます。機会があれば、是非一度作品を見ることをお薦めします。
Posted by inamiyaphotos 21:51:51│Comments(0) │TrackBack(0)
EXIELS
2006-04-25
JOSEF KOUDELKAです。うまい言葉が見つかれませんが、社会から完全にはみ出て、自らのイメージをトコトン追求した(している)人です。冷戦全盛の、言葉を、他人を、信用できない環境であったチェコに生まれ育ち、ソビエトのチェコ侵功時にフランスに亡命しています。生まれ育った土地から離れ、言葉も判らない土地に行かなければならなかった人の、疎外された人生のイメージの集積とでも言いましょうか。
写真に興味がある人なら必ず見なければいけない作家、といってもいい位、完成度の高い映像群を発表しています。
正直私のへっぽこスナップと一緒に載せるのはかなり勇気のいる事です・・・、レベルが違いすぎます。
JOSEF KOUDELKAの写真はこちらから
Posted by inamiyaphotos 18:49:00│Comments(0) │TrackBack(0)
地球の語り部
2006-04-20
Sebastiao Salgadoにはこういう評価あります、「彼は対象をイコン(聖像)として捉えるのが得意である」って、普通の人(とゆーか撮り合えず私には・・・・)には対象をイコンのように撮るなんてことはとてもできません。フォト・ストーリーの手法といい、考え方といい、
ユージン・スミスの正統後継者と言えるでしょう。
サハラ・南米・世界の労働者・グローバリゼーション・ポリオ撲滅運動と順に作品に仕上げていき、そして今は地球の誕生から現在の社会までを写真で綴ろうとしています。兎にも角にも、写真を見て、その美しさ、また美しさの背後にある現実に想いを馳せてみてください。
Posted by inamiyaphotos 21:47:52│Comments(0) │TrackBack(0)
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