私たちが普段口にしている食料品がどうやって作られているのかを、淡々とした映像のみで綴ったドキュメンタリー映画です。salgadoのworkersの食品工場の内容をandreas gurskyの映像で撮ったというような企画です。
映画のしょっぱなに、ひよこがベルココンベアーで運ばれ、ダクトから滝のように吐き出されてプラスチックコンテナーに次々と収納されていく様は、食べられることが決まっている命は、生命として扱われていない。という事を如実に示してくれます。鶏・豚・牛といった動物が工業品のように扱われているのには、強烈な違和感を覚えました。
人は動物よりも植物の方を大量に摂取していますが、そちらの方も強烈です。地平線の果てまで続く畑で、日本でよく見るコンバインなんかが玩具に見える位の、巨大な農業機械や飛行機をじゃんじゃん使っての石油農業が展開されている様にはやっぱり、ゾッととさせられます。この映画で見た光景は私が日本全国で見てきてきた、狭い農地にジジババがへばりついている、農の風景とはかけ離れたトコロにありました。しかし、コンビニ弁当やファミレス、冷凍食品などを通して確実に自分たちの口に入ってきている食料の現実でもあります。
人間と言う種は自らも生命の一種であるとういうことを忘れ、狂気の領域に大きく踏み入っているというのが感想です。不遜の一言につきます。
「いのちの食べ方」公式HP
映画とは関係ないですが、政府がいくら強い農業とかいうノー天気な戯言をいっても、この映画が示す欧州の状況、欧州よりもさらに規模が大きい南北米大陸の農業を考えるにつけ、価格面だけを見たら日本は農業をやめた方がいい。でも農業ってのは金だけで考えることじゃあないでしょ。テレビも車も石油だって無くても生きていけるが、食料が無かったら生きていけんのよ。
今世紀は水の世紀になると言われ、水資源の奪い合いが起こることが予想されています。水だけでなく、食料に関しても、中国やインドの発展によって、水よりも強烈な奪い合いが起こる事は必死です。作物自給率が40%以下、水産物自給率も60%以下。しかも。莫大なエネルギーを投入して輸入した食料はかなりの部分が捨てられているんです。
目先の金の為に、生命を維持する為になくてはならない食糧自給を放棄した日本は、国家が国民の生命の安全保障を根本的に放棄していると言われてもしょうがないでしょう。この国の方向性は根本的にずれてきているとしか思えません。