東京日仏学院の
「ヒロシマ・爆風ののちに」に合わせて行われたシンポジウムに行ってきました。
そこで、被爆者の方の話を聞くことができました。中学の修学旅行の時にも聞いたはずですが、すっかり覚えていないので、今回がまぁ初めてに近しいようなものでした。原爆については、写真を見たり、文章を読んだりしたことはありましたが、直接に体験談を聞きますと、やはり感じ入るものがありました。
原爆が投下され、地上のあらゆる存在が破壊されると、今まで社会の中で他人やモノと繋がって生きてきた人間からすべての関係性が奪い去られ、幸運にも生き残った人間を「ただ単に生きている」という状態に落とし込みます。それは、自分や社会の未来を予想することで今の自分の行動に意味を与える=生きる意味を見いだす、ことが人間として生きる条件と考えられますが、その条件が究極の破壊によって奪われ、人間を動物的な状態に落とし込むということです。1945年8月6日に原爆投下がなされたことでそれ以前の社会と、それ以降の社会は決定的に異ならざるを得ない。今まで続いてきた世界が、今この瞬間の後にも同じ様に続いてゆく前提が成り立たなくなってしまったわけです。
こういった状況をもたらす原爆の非人間性は誰にとっても明らかですが、これを「しょうがない」と発言するような人間を大臣に据えていた軍隊・政府というのはどうなんでしょう?今の自民党政権が防衛ということについてどういった考えを抱いているのか、要するにアメリカに丸投げして、言うことは何でも聞きます、という発想が丸見えのスバらしい発言だったわけです。今の政治がドコを見て仕事をしているのか?国の為の政治であって、民の為の政治ではない、という点をハッキリと示しています。
以上、自分が気になった点の要旨でした。
被爆者の方の体験談は機会があれば是非行かれる事をお奨めします。