早いもので、阪神淡路大震災からもう12年。三宮なんかの繁華街、芦屋などの高級住宅地なんかではすっかり空き地も消えて、震災の痕跡は見え難くなってきました。ですが、長田や鷹取などに行きますと、今でも大通りから一歩中に入っていくと空き地だらけで、家の土台だけがそのまま残っている空き地が沢山あります。変わりに神戸市が建てた巨大なマンションがいっぱいできました。
どうも暮らし難い街に変わってしまったように思います。芦屋と長田との差を比べて見ますと、所得格差・行政の態度の差がひしっと感じられます。
街が壊滅した地区もありました。場所に触発されるような類の記憶はホトンドが失われてしまったと思います。その喪失感たるや壮絶なものがあります。それでも、なおその場所に生き続ける事を選択した覚悟と、この12年に辿られてきた道筋は如何なるものだったのでしょう?
自分達が暮らしていく場を作る為に、そこに住む人が自分達で考え、話し合い、実現する為に行動していくことで作り上げた街。そこには、皆で話し合った中で再び甦ってきた絆・地域の繋がりがあります。それこそが、その場所に生きることを決意させる大事な存在になったのでしょうか?