当面の対象につくづくと眺め入り、他の一切は眼中にないといったような目、ともすれば他の一切を軽蔑しかねぬような目だけが美を見届けることができるのだ。 ー中略ー しかし一切は(個別的なものから一般的なものへの)移行の仕方にかかっているのである。禍の源は、強引に移行道程を切り詰める暴力としての思想である。
なぜならこの道程は個体の不透明性を突き抜けることによってのみ普遍的なものに行き当たるのであり、普遍的なものの内実はーさまざまの対象から抽き出された一致点などでなくーまさにこうした不透過性に宿っているのである。ほとんどこう言ってよいかもしれない、個別的なものにかかずらうさいのテンポと忍耐と根気には真理そのものがかかっているのだ、と。さし当って完全にそこにのめり込むという段取りぬきで個別的なもの乗りこえたり、判断を急ぐあまり、いちども公正を欠いた観照という罪悪に浸ったことのないような生き方では、空廻りに終わるのが落ちである。無差別にどんな人間にもそれなりの正当さを認める寛仁大度なるものは、少数者に不正を働き、結局はその原則に則って行動しているはずのデモクラシーを尻目にかける多数者の意思と同じことで、最後には破壊的な決着にいきつく。