今年の6月に開通したばかりの区間です。相変わらず山また山が続きます。能越道の終点輪島まではあとちょっと。輪島に来てた鉄道の「
のと鉄道」は穴水・蛸島間、穴水・輪島間両方とも廃線になっていたんですね。私はえらい昔に、舳倉島に渡る時に輪島まで、禄剛崎まで行くのに蛸島まで乗ったことがありました。輪島は駅舎跡が道の駅に改装されてました。何でも輪島の次はシベリアだそうで。それはどっちかつうと舞鶴じゃあ?なんて突っ込みたくなります。道の駅に入っていた飲食店は8月末で2店舗が潰れてまして、今は一店舗のみ、寂しい限り。海路がほとんど機能していない今では能登は地の果てだからなあ。中世・近世は海路が重要な役割を占めていたので能登半島は貿易中継地として豊かな土地だったんですが。曽々木の時国家を見物すると、今は辺境の地にすごい豪勢な家がバーンと建ていて、しかもかなりの名品を所有していたのが判りますが、それなんかも海の道が機能していて、大阪と蝦夷地を結ぶ廻船問屋としてやっていけたからですね。