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のみねーと

2008-05-09

フォトシティさがみはら新人奨励賞にノミネートされたそうでポートフォリオを送らないといけません。
見直すとトーンがバラバラ。これを出したら落ちそうだな。だらぁっとしてる間にちゃんと焼き直しとけばよかったね。先に立たず・・・

Posted by inamiyaphotos 23:11:37Comments(2)TrackBack(0)

松代大本営(象山壕)

2008-05-08

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太平洋戦争末期に軍部が天皇や政府、NHKなどの各機関を東京から移すべく長野県は松代に地下壕が掘られました。着工したのは1944年(昭和19年)11月、それが翌1945年(昭和20年)8月の敗戦時まで工事は続けられ、当時の金で2億円の予算を使い、強制連行された朝鮮人約6000人と学徒動員された人々などを使役し、10キロ以上にわたるトンネル網を今に残しました。その一つが象山壕です。自由に中を見学できるのはここだけです。この他に舞鶴山地下壕、皆神山地下壕があります。
 実際に中に入ってみて、高さ2m半ほどの素掘りのトンネルだけが延々続き、部屋がないことにちょっと驚きました。本当に突貫工事で作ったということがすぐに見てとれ、こんな場所に閉じこもって戦争なんかできるかよ、としみじみ思いました。沖縄戦といい、南洋での各戦闘といい、矢鱈と地下壕を掘って中に閉じこもっていますが、沖縄では自分たちが地下壕に入る為に住民を平気で殺したりしていますが、陸軍はトンネル掘とっきゃあなんとかなるとでも思っていたのでしょうか?正直、この程度のことしか考えられない連中だから中国・アメリカ・イギリスを相手に無謀な戦争やったんだなぁ、なんて妙に納得したりしました。
 サイパン陥落後、本土空襲が日常化しますが「万世一系の天皇これを統治す」=国体を護るために、皇位継承の必需品である三種の神器を松代に移送する計画がありました。こうした事象を初めとして、戦争の終局時に考えられていたのは国体護持しかなかったわけで、そこには無差別都市空襲で日々焼き殺されていく国民という存在がいることは全く考慮されていません。明治憲法下において天皇のを、西洋社会でいう全てを超越する「神」=GODの地位に据え、宗教的かつ政治的に国民統合の核となる概念にしてしまったことが暴走し、天皇という一個人=国家、という構造になってしまったわけです。
 ひんやりとしたトンネルを歩きながら、怒りや、恐ろしさや、情けなさや、色々な感情を抱きつつ考えたりしました。

参考→松代大本営

Posted by inamiyaphotos 21:43:29Comments(2)TrackBack(0)

剣・立山

2008-05-07

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富山湾越しに見た北アルプス。今回は見ただけですが、見ると登りたくなるもんです。

Posted by inamiyaphotos 18:06:54Comments(0)TrackBack(0)

北陸からきたく

2008-05-06

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帰宅のいちにち。能生から8号で直江津、それから18号を南下、建設中の北陸新幹線の高架の下をくぐってから、さらに進み、燕温泉で露天風呂を楽しもうと途中で寄り道してみたら、まだ雪融けしてなくて、風呂は未開業でした。残念!!! しょうがない?のでスキー場の斜面をちょっと登って、燕の惣滝と妙高山を眺めてから降りてきました。雪融けの森から新芽が出始めてきており、春が1200メートル位までやっと訪れてきていました。
 まぁ、燕温泉には敗北しましたが、旅に出たからには一日一湯は義務なので、また調べ直して松代の加賀井温泉に入ってきました。ボロいですが、泉質は抜群で、40分ばかり湯に浸ってぼぉっとしょていました。風呂後、松代大本営となる予定だった地下壕を見物してから、国道406で群馬に入り、八ツ場ダム予定地で着々と進む無駄な大型土木工事を見ながら、前橋から50号で佐野に移動し、栗橋から電車に乗って帰ってきました。。。

Posted by inamiyaphotos 23:25:07Comments(0)TrackBack(0)

能登半島

2008-05-05

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今日は曇りのち雨のち激しい雨。
 能登半島をドライブした一日。氷見魚市場の海寶で美味しい定食を食べてから、一路北に。曇りでしたが北アルプスは見えていて、富山湾越しに剣や立山の雄姿を拝む事ができました。さらに北に、七尾では何年か前にたまたま見物した青柏祭の山鉾を車内からちらっと眺めて、穴水を超えて、輪島を通過して、曽々木の時国家へ。前に来たのは大学時代なので、もう10年以上前、あの時は穴水〜能登間にはまだ能登鉄道が走ってましたから。
 さらっと見学の後は、今日の温泉へ。今日は神代温泉。このあたりに来た時は必ず寄るようにしている、私の中の名湯の一つです。相変わらずのいい湯でした。

Posted by inamiyaphotos 23:42:57Comments(0)TrackBack(0)

福井

2008-05-04

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本日も昨日に引き続き晴れ上がり、非常に暑かったです。
 今日はお隣の福井県に出没。金沢に比べると町並みが垢抜けないです。しかし注目すべきは福井県庁で、福井城の跡地に建っております。城跡には堀と石垣がそのまま残っているので、福井県庁&福井県警は相当強そうで、偉そうに見えました。ある意味では都庁以上に権威的に見えたかも。。。
撮影終わって、越前に温泉にゆく途中で見かけた鯖江は西山公園の躑躅が満開を迎えておりまして、公園中が紅色、白色、躑躅色に埋め尽くされてました。
温泉に行ってみると入り口入って右側すぐのところに堂々と放射能測定器が置いてあるのを発見し、おぉ若狭湾だぁ、としみじみ実感した次第。敦賀湾を挟んで対岸の山陰に見え隠れする敦賀原発を眺めながら、湯につかってみました。塩素の臭いのする単純泉でイマイチ。

Posted by inamiyaphotos 21:34:51Comments(0)TrackBack(0)

金沢

2008-05-03

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医王山の富山側にある法林寺温泉で昨日夜の疲れをとり、山の中を金沢に移動。着くとトリアエズ飯ということになり、近江市場に直行。それから後は、金沢城周辺で撮影。
 新しいテーマで一つの作品としてまとまる可能性が出てきた感があるので、また、性凝りもなく、西へ東へと、旅にでないきゃならなくなりそうで。しかし、作り始めの時の写真の撮り辛さは相変わらずで、同じ場所でカメラを持ってどう撮るかひたすら悩みます。
スカっと晴れた金沢市内でした。なんだかんだと、年に一度くらい来ている気がしますが、金沢城跡には初めて入りました。加賀菓子博のようなイベントをやってまして、中田屋のきんつばが抑制された甘さでありつつ、素材の持味を引き出していて、非常に美味かったです。戦前まで第6師団本部があったようで、城内のあちこちに軍が居た痕跡が残ってました。

Posted by inamiyaphotos 22:26:17Comments(0)TrackBack(0)

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foaf プロフィール

プロフィール
名前 稲宮 康人
e-mail photo_inamiya@yahoo.co.jp
性別
職種 その他
生年月日 1975 / 3 / 26

平和が好きで何が悪い!

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