神話と日本人の心
2006-11-30
日向と出雲、どっちも神話の里として宣伝していて、どっちが本家なのかしら?という疑問と、河合隼雄が書いた本ということで、興味が湧き読んでみました。
結論から言えば、日本神話の特徴として中心に無為の神が存在し、その他の神々は部分的な対立や葛藤をお互いに感じ合いつつも、調和的な全体性を形成しているということで、それは、中心にある力や原理に従って統合されているのではなく、全体の均衡がうまくとれているのである。そこにあるのは論理的整合性ではなく、美的な調和感覚なのである。これを中空均衡構造とする。となっております。この点を、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲ等の話を引きながら臨床心理家としての立場から検証しております。史学科卒業のくせに、古事記を読んだこともなく、神話はさっぱりなもので、日本神話(古事記・日本書紀)の概説としても読みました。出雲神話と日向での天孫降臨の別もちょっとわかりました。
あいまいに全体的な調和を求める構造を神話をモチーフにして解明していくと言う点で、日本の心の成り立ちの古代からの連続性が感じ取れ、よかったです。
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片付け& すいみん・・・
2006-11-29
洗濯やら、車からの荷物を下ろして、ようこんな量が車に入っていたもんだ!、九州から帰りながらブックオフで買った大量の本の一冊、神話と日本人の心、を読みながらいつの間にやら寝てました。
百合丘のサンワに行く時には、体が運転の姿勢を覚えていて歩きづらかったです。思わず、歩いてるのに、クラッチをいれそうになります。東京の日暮れは早いです、九州・山陰より15〜20分は暗くなるのが早いような。
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生還しました
2006-11-29
やっと帰宅です。沼津で246に入ってからが長かった。車のメーターは57850キロ。これで大体の日本は撮影しました。自宅に戻る車中、関東の光に入ってから孤独・不安がありました。なぜでしょう?
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引佐で撮影
2006-11-28
本日の静岡県は晴れ。山陰よりかなりあったかいです。
昨日は浜松に宿泊でした。撮影は終わったはずなのに、懲りずに浜松から山に向かい第二東名引佐JCTを撮影。前トヨタからの帰りに見掛けて撮れそうだったのですが雨が降っていて撮れなかったので、また来てみました。写真に憑かれているようです。
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滋賀県に
2006-11-26
相変わらずの雨の中FM802を聞きながら、1号で滋賀県に。京都では亀岡で結構な渋滞、五条の前でも渋滞、このままいくと山科でも渋滞に巻き込まれるので、ちと休憩してました。
おぉ、鈴鹿ナンバー!ご当地ナンバーは下関に次いで二番目に見ました。
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京都府に
2006-11-26
雨が激しく降る中、372号で京都府に。2号に出ると渋滞が嫌なので、中国道沿いに県道で東に向かい、372に入り、亀岡で9号に合流するコースです。これで神戸・大阪を迂回です。紅葉も終わりかけで、遠目には山が燃える〜♪ですが、近目には枯れとります。
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終わりィ@ 大字口金近
2006-11-26
佐用JCTまでやって来ました。行きに来た時はまだまだ山に緑が多く夏な感じでしたが、今はすっかり紅葉も終わり、葉も落ち始め、冬の一歩手前です。七週間というのは中々に長いです期間ですね。
結果はまだ現プリしてないので判りませんが、とにかく中国・九州の撮影は終わり!!
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鳥取自動車道
2006-11-26
中国自動車道の佐用JCTから鳥取までを結ぶ高速です。鳥取で山陰道、鳥取豊岡宮津道、と連絡する予定。。。正式には
中国横断自動車道姫路鳥取線。ほとんど冗談じゃないかという
尾道松江線という兄弟も居ます。只今全線で全力で工事中。河原のあたりの山の削りっぷりは中々です。
人口10万人以上で高速まで1時間以上かかるのは鳥取と延岡だけだそうです。(by宮崎日日)
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鳥取夕景
2006-11-25
鳥取は県庁所在地ですが、かなりうらぶれた感じの町です。明日は鳥取市議選。街中どこにいってもお願いします、あと一歩、という声が響いてます。
県立博物館でデビット・ホックニー版画展を見ました。アメリカの孤独が出ているような、気がしました。
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鳥取です。
2006-11-25
鳥取です。日本海の波は荒いです。9号を走っていると波飛沫が飛んできます。山陰道の終点です。鳥取まできますと、8710があったり、関西系ナンバーの普通自動車を結構見るようになったり、関西圏との繋がりが見られるようになてきました。米子はやっぱり広島とつながってる中国圏だったので、県の東と西でかなり違う気がします。
ここから先は京都縦貫道と繋がる、
宮津豊岡鳥取道路というのも作ってます。
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ハワイまで
2006-11-24
ちょっと進んで羽合まで。東郷湖畔のハワイです。でもかなり寒いです。羽合から大栄まで9号沿いに土盛が済んでそのままになってる高速予定地がありました、あそこまで工事がおわっとるなら、さっさと最後まで作ればいいのに・・・
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大栄まで
2006-11-24
昨日からぐぐット冷え込むようになりました。風がかなり骨にしみます。もう10年以上着てるノースのヤッケを初使用。持ってきて良かったです。雲の切れ間から見える大山にも雪がついています。この雪が段々下まで降りて来て・・・・
やば、早く帰らないと・・・ 雪は恐い。
名和・淀江道路、
東伯・中山道路が9号沿いに切れ切れに建設中。要するに山陰道のことです。
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出雲大社
2006-11-23
近所まできたのでちょっと寄りました。今日は新嘗祭。今月30日は神迎祭。日本で唯一神無月でなく神在月である、出雲に日本中の神様を稲佐浜で迎える祭りです。過去二回偶然遭遇したことがあります。出雲と日向、天皇の本家はどっちなんでしょうね?神話だと出雲神話が国家神話としてよく出てきますけど。来年には出雲大社の隣に
出雲古代歴史博物館という施設がオープンします。展示内容は判りませんが、神話を鵜呑みにした展示でなくて、天皇の大陸との繋がりや、日本各地の覇権争い、大和朝廷と地方の確執、なんかをきちっと展示してくれると面白いんですけどね。
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斐川〜宍道(山陰道)
2006-11-22
11月25日に開通する山陰道です。斐川・宍道間4.6キロ。宍道から出雲までも工事中。本日は曇ってて寒いです。なんでも今日は小雪ですか、本格的な冬もすぐそこですね。眠い。。。。
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出雲まで
2006-11-22
浜田から江津まで山陰道が開通していますが、こちらは去年撮影したので、そのまま通過です。ま、昨日の夜に温泉津(ゆのつ)温泉に入るのに、移動したのは昨日ですが。
江津・出雲間では
仁摩温泉津道路が計画&建設中ですが、この区間は結構道がきつかったので国道改修よりはその予算も使って高速にした方がよいから、この中途半端な区間を先に着工するのでしょう。また出雲のちょっと西の多伎朝岡間も事業決定がされたそうです。道路に「祝」という垂れ幕がかかってました。大田からは山陰の中心部の出雲・松江・米子圏に入ったようで人の気配が増えてきました。
関係ないですが、昨日だけで2,200あくせす、一昨日は1,300あくせす、で今日はまた戻って200位、なんで二日だけ異常に増えたんでしょう???
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浜田まで(益田道路・浜田三隅道路)
2006-11-21
萩で笠山にちょっと立ち寄り、いい景色でした、海沿いに移動。石見の国に入ると、さっそく益田で
益田道路を作ってました。そこからさらに進んで、三隅からは、あらまた三隅ですか、浜田で開通済みの山陰道に接続するべく
浜田・三隅道路の計画が進んでいます。
益田で191号から9号へと進み、多少は車が増えました。大型トラックは明らかに増えました。といっても渋滞とかはよっぽどの街中で朝晩・工事以外は無縁ですが。山陰の海はホントに透き通っていてきれいです。九州で内海を見慣れた目には日本海の波は荒いですが、それもまた良し。といったところで。
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島根県に
2006-11-21
萩から191号で日本海を見ながら島根県に。今日は晴れてて、暖かくて、運転してて矢鱈に気持ちいいお日柄です。この地域はまさしくDEEP JAPANという感じです。あっしは大好きな地域です、山陰。
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萩・三隅道路
2006-11-21
山口県の
三隅から萩までを結ぶ道路で。山陰自動車道の一部になる予定の路線です。三隅から三見まではだいぶ作ってますが、三見から萩まではさっぱりです。
萩は昔の風情が残っていながら、人の気配が無いということが無い死んでいない街で、いいトコです。鹿児島・土佐と並んで明治から始まる近代日本が始まった場所の一つですね。
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長門まで移動
2006-11-20
山口の長門です。山口市から移動しました。九州と山口はすぐ隣ですが海峡を越えると全然違う雰囲気なのが印象的です。福岡より山口の方が全然のんびりしてます。言葉も柔らかくなりますし。山口の言葉は愛媛と近くなりますね、福岡とはかなりの隔たりがあります。気温も九州よりも冷え込みが厳しい感じです。ただ貧乏人の味方ジョイフルだけはしっかりありますね。
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雪舟への旅
2006-11-20
山口県立美術館でやっている「雪舟への旅」展。帰る時の楽しみにしていたんです。雪舟はまだみたことがなかったので。来てよかったです。初期から後期まで概観できるようになっていて、さらに狩野派や横山大観による雪舟の模写も展示されいたので、雪舟が荒々しく大胆に描いた風景が、模写された時代によって和やかに→和的になっていくのがわかり、優れた美術作品は時代の空気をきちっと反映しているものである、ことを確認しました。彼が生きた、応仁の乱という戦争が日常的になっている時代の中で、水墨画の表現も必然的に大胆な線使い、濃淡のメリハリ、全体として武的なものになったと思われます。
雪舟本人は中国に留学し本場の水墨画を学び、また、中国の風土が生んだ水墨画を感じ、そのあと日彦山や大分に滞在していたことから耶馬溪なんかで奇岩がそそり立つ山水の荒々しい風景描写をしていた中で日本での水墨画を成立させようとしたんだと思います。
水墨画という限られたモチーフの中で如何に自分を出しながら顧客の要望に答えるか?小さな和紙の中には描かれた力強く、大胆で、静謐な風景がその答えであると思います。
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国立美術館巡回展
2006-11-19
久留米の
石橋美術館で開催されている国立美術館巡回展。日本の洋画の歴史をざっと概観する事ができる展示内容でした。坂本繁二郎と吉原治良の作品が個人的に気に入りました。黒田清輝や安井曽太郎なんかはさすがにうまいですね。
洋画全体としては、欧州の絵画の流れを形だけパクッって日本の画題で描いたものが多かったです、模倣から入るのは当然ですが、そこから一歩進んで技法を自分のものにし、自分独自の絵を描くといった当然のことがなされていない、逆にそういうことをした人は非常に目立つ、という印象です。
石橋美術館はフブリジストン創業者石橋正二郎が久留米市に寄贈した施設ですが、コンパクトにまたまった気持ちの良い建物空間でした。トヨタのように儲かった金を溜め込んで自慢するよりも、広く社会に還元する行為が日本にももっと広がって欲しいものです。
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佐賀県に 三回目
2006-11-18
原城に行ったと後は、小浜に行ってケーキを食べて、市営温泉に入って、大村でご飯食べて、さようなら長崎県。また34号で佐賀県に。雨風ともに強し。ハンドルがとられます。タイヤもかなり減っているので。。。。
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原城発掘見学
2006-11-18
島原の乱の原城に来てみました。海に面した小高いあ丘の上に建てられていた城です。たまたま、原城発掘の説明会をしていたのでしれっと参加して、他の地元の人と一緒になって説明を受けました。原城は島原の乱後幕府によって徹底的に破壊され、乱に加わった住民の死体も一緒に埋められていたそうです。なので、発掘すると城を壊した遺構(石垣・瓦など)の下から大量の骨が必ず出てくるということで、骨がまとめて出土した場所を一部見せてもらいました。発掘してある場所以外は埋められて普通の丘のようになっているので、城の跡とは判り難くなっていますが、やはりそれが、幕府のキリシタンに対する政策を表しているようで、時の権力と、それに抗った者の跡、についてちょっと考えたりしました。
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1945年8月9日11時2分
2006-11-17
今日は長崎見物。と言っても原爆資料館に国立追悼施設、浦上天主堂に行っただけですが。広島と同じく、たった一発の原爆で推定死者7万人、長崎市街地が全て廃墟になったという過去はあまりに重いものです。60余年で全く普通の街として復活した事実には畏敬の念を感じるばかりです。
安倍内閣になってから核保有議論が俄かに盛んになってきましたが、議論されている方々は核兵器が通常兵器とは放射能によって被害者を一生に渡り苦しめ続けることを理解していないのでしょうか?
実際的には日本は包括的核実験禁止条約を批准していますが、この条約を反故にして核開発→核実験→核武装を行った場合、アジアは勿論の事世界に与えるインパクトは北朝鮮核実験の比ではないでしょう。なにせ、日本外交が唯一世界に向けて発信していた「唯一の被爆国である日本から核の無い世界を」捨て去り、被爆国が北朝鮮を敵として核武装しようというんですから。核をアメリカから買うと言う選択肢も存在しますがね。実際に行った場合本当に戦争が起こりかねないでしょう。
日本ができる事は、核武装ではなくて、ものすごく困難な道ではありますが、東アジア非核化構想を実行すべくアメリカを説得する、という道でしょう。と思います。
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大村〜長崎(長崎道)
2006-11-16
終わりました。終わりましたよ。九州撮影。長かった。といっても4週間で、四国・北海道よりも1週間長いだけでした。家を出てからは6週間目で。これで、自宅川崎から遠い場所の撮影はあらかた終わりです。やり始めた時には終わるのか?と地図を見て気が遠くなるような思いをしたものですが、なんとかなるもんですね。本日で55300キロ。車も難儀な道ばっかりよう走ってくれてます。今は長崎市内でこの撮影行で2回目の洗濯中。
関係ない?ですが、
教育基本法改正が目前ですね。まさしく自民党の数の暴力、単独過半数ではやりたい放題ですね。なんとかしたいが、なんともできん。腹立たしい。
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再撮@東彼杵
2006-11-16
昨日撮った場所の再撮。絶対に作品に採用できる場所なので、光が違う時間帯に撮ってみました。長崎は遠いですから、中々来れませんからねえ。
写真の橋の上に微かに写っているゴミみたいなのがカメラです。こういう場所を探して全国行脚してきたわけです。
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嬉野〜大村(長崎道)
2006-11-15
東彼杵(彼杵→そのぎ)の34号線は海際を走る快適ルート。国道からちょっと内陸に入ると、恐ろしいくらいに高低差があって、細い道が入り組んでいる、素人にはつらい土地です。紀伊半島や大隅半島、と同じ位、知らない道をずんずん進むのにキッツい場所です。
その代わり、海際の高台に上ると、大村湾を挟んで西彼杵半島をぐるっと見渡せ、彼杵や大村の街も眼下に従え、という素晴らしい景色です。夕焼けは特によろしいです。
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長崎県に 二回目
2006-11-15
34号で俵坂峠を越えて長崎県に。
棚田が広がる山あいを通りすぎ、俵坂峠をすぎると山と山の間から眩しく輝く大村湾が見えてきました。長崎県です。九州撮影終了までもうちょっと。
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波佐見有田〜武雄JCT・武雄北方〜嬉野(西九州道・長崎道)
2006-11-15
伊万里・有田・波佐見と窯業が盛んな土地柄。道の案内板が陶器です。柿右衛門は有田だったんですね。有田に窯業大学校があるのにはちとビックリ。焼き物も見る目があれば楽しそうだなあ。鹿児島で美山も通ったし。九州は焼き物が盛んな土地が多いようで。
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佐世保みなと〜波佐見有田(西九州道)
2006-11-14
佐世保は呉に似ているような。と思ったところ、軍港にするのには似たような地形の場所を選んだからでしょう、多分。佐賀と違って長崎の地形は厳しいようです。
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唐津〜浜玉(西九州道)
2006-11-14
西九州道の一部開通無料区間です。昨日の夜に伊万里まで移動して、午前中は唐津道路(西九州道)の撮影。本日は寒さがどっかにいってしまって、また暖かい日です。
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佐賀大和〜武雄北方(長崎道)
2006-11-13
佐賀から先は平らな佐賀県からは離れて、起伏のある佐賀県を走ります。蜜柑畑が多くなってきました。そういえば、佐賀は蜜柑だ。武雄北方は武雄市と北方町の両方にまたがっていたので付いた名前ですが、合併して武雄市だけになりました。インターの名前と地名が合わなくなりましたが、そういう場所って結構ありますね。
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東背振〜佐賀大和(長崎道)
2006-11-13
なんだか気持ちが入らず、9時ごろまで寝袋でまったりと、それもあって距離が稼げず一区間。やっぱり同じ被写体を延々追い続けるといい加減厭きますね。もう2年こればっかやってるからなぁ。福岡と佐賀って距離的には近いですね、もっと離れているというイメージがありましたが。県境に山があるからパッと行ける感じでも近いです。そうそう、この区間は夏にあった集中豪雨の被害の痕がまだかなり残ってました。
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朝倉〜鳥栖JCT〜東背振(大分道・長崎道)
2006-11-12
朝倉を過ぎると柿は見えなくなりました、で、さらに平らになりました。果樹園は穏やかに起伏がある丘陵地帯が適しているようです。鳥栖に近くなるに連れ工場が目に付きます。鳥栖にて、大分道終わり。ついに長崎道。長崎道の側道が灌漑工事で通行止めになっている区間があって、大回りしていたら、急勾配の細い道をバックしている時に右前輪を脱輪してしまいました。今回は自力でなんとか脱出。いやぁ、四駆でホンとに助かりました。
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天瀬高塚〜朝倉(大分道)
2006-11-12
高塚地蔵尊は有名なのかしら?天瀬高塚は、なぜあんな山の中にインターを作ったのかよく理解できないような場所にありました。日田を過ぎて、杷木にまで来ると筑後平野の始まりです。筑後川沿いにほんとにもう平らな土地がどこまでも続いています。そんな土地に、柿が延々と成っています。朝倉は柿の名産地。柿林というのは林檎や蜜柑や稲やじゃがいものように匂いが無いようです。それとも鼻がつまっているからかな?今朝の冷え込みでちょっと風邪気味です。
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雨の日田で
2006-11-11
昨日の夜から雨が降り続いてます。久し振りの雨です。天気図をみたところ、低気圧が3つも固まるという恐ろしいことになってました。これから曇る日が多いようで、本格的に冬になる前の季節の移り目ですかね。昼前にちっとばかり晴れ間がありましたが、またすぐ雨。折角なので、基本的に休み。としようと思ったのですが、貧乏性なもので、天瀬と日田の間を適当に見るだけしてみました。その後天ヶ瀬温泉共同浴場に、日が出ている内に温泉に入るというのはいいものです。少しのんびりしました。
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湯布院〜天瀬高塚(大分道)
2006-11-10
湯布院から山の中をうねうねとくねりながら大分道は進みます。
水分付近であった人から聞いた話。湯布院は来たい街1番だけど、二度と来たくない街でも1番。ホントにいいサービスのホテルも在るけど、どこもかしこもそれに合わせて高くなった。サービスが値段にあッてない。みんな、湯布院に高速でぴゅッと来て、ちょっと居てゴミ捨てて、別府で泊まる。ゴミが増えたが、処理業者は福岡の業者だけ。地元にはなんもない。今年の紅葉は浅いなあ、冷え込みが無かったからねえ。(私は地元言葉が書けない為、勝手に標準語に直しました、残念)
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日出JCT〜湯布院(大分道)
2006-11-10
宿に泊まって、完全にすっきり、とはいきませんが、安心して眠れると云うのはいいもので、少しだけ『りふれっしゅ』致しました。
いよいよ最終段階、別府の横断道路入口交差点を左に曲がり、九州を横に横断して長崎を目指します。湯布院は紅葉しとりまして、いい感じです。由布岳の麓、一面の薄が秋の淡い光の中でそよいでる、なんかいいですね。
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苅田北九州空港〜北九州JCT(東九州道)&椎田道路
2006-11-09
戻ってきました、北九州。小倉のモノレールが懐かしいですなあ。苅田からぐっと人が増えました。3週間で九州往復です。
春の四国全撮影が3週間でしたから、同じ程度の規模でしょうか。でも、こっから別府・長崎の横断がありますから、四国より九州は一回りでかいって感じです。福岡に入って明らかに運転が荒くて恐いです。鹿児島だと黄色でみんなピタット止まっていたのに、こっちだと黄色で止まりません。黄色から赤に変わる時間も鹿児島はえらい短かったですけど、福岡は長いです。というわけでもないですが、事故りそうになりました。あっしの一時停止見落とし。死ななくて良かった。運転慣れ、と、疲れでの集中力低下。気をつけないと。
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別府〜日出JCT〜宇佐(大分道・宇佐別府道路)
2006-11-08
別府から国道500号!!で明礬温泉を過ぎて、湯山という山があります。ここから観る別府湾は絶景です。右に国東半島、左に大分、正面の海の彼方に四国は佐田岬、別府にいくことがあれば絶対にいったがいいです。久し振りに風景に浸りました。こちらに載っているのは右側、高崎山と別府・大分です。
→左はこちら。
さて日出JCTから大分道とは分岐する宇佐別府道路、要は東九州道の先行着工区間です。安心院あたりまで来ると山がおだやかになってきて平地が増えてきました。南の津久見や臼杵とは違う土地です。
個人的ニュース!!さっきNHKーFMのMP2でリクエストがかかったぁ、嬉しいなあ。
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大分〜別府(大分道)
2006-11-08
大分から別府まで、夜の国道10号を走ると、別府湾から背後の急な山の間にある別府の街の光が闇に輝きムッチャきれいです。昼は、県道51号で高崎山を裏から回り込んで別府に出ると、山の上から別府湾が一望できる場所が切れ切れにあって、これも良い景色です。
別府といえば、温泉。別府八湯に残らず漬かってみたいわあ。で、別府といえば
別府アルゲリッチ音楽祭、天才ピアニスト、マルタ・アルゲリッチが世界の名演奏者と競演する夢のような音楽祭です。一度は行ってみたいものです。
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津久見〜大分(東九州道・大分道)
2006-11-07
津久見から山を越えて、臼杵に入り、臼杵石仏は530円の拝観料で断念して、無料の磨崖仏を一つ観まて、そいからまたやっこらせと山を越えて大分に来ました。大分にはインターが3つもありますが、大分市は大分川と鉄道があっちにもこっちにも走っているので、7キロに3つもインター作ったんですね。
大分米良で東九州道から大分道に変わります。
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津久見まで来ました。
2006-11-07
昨日から急に冷えてきました。一日で冬の空気に入れ替わったようです。ここまで来ると半袖短パンの人はもう見ません。大分は津久見まで来ました。これで、供用済み区間の撮影です。津久見から佐伯までは全力工事中です。佐伯から蒲江までは、まだまだ。
津久見はセメントの町で、県道の上をでっかい輸送管が通ってます。その隣に高架を作ってます。セメント鉱山を見るにつけ畠山直哉の世界です。
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大分県に
2006-11-06
延岡から10号を北上すると急に人気がなくなり、山と田畑ばかりになりました、そっから横にずいっと山を越えて移動し日豊海岸に出て、ただの林道と見間違えるような、これぞ酷道というような国道388号を通って大分県に入りました。日豊海岸はリアス式海岸で湾が深く陸に入りこんでいて静かできれいな海です。三陸や紀州の道と違い、海沿いの道でも道に防波堤がないっす、地震が無いからかな?
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日向まで
2006-11-05
日向までやって来ました。ひむかって読むんですかね?そう読ませる看板もぼちぼち見かけます。日向に来る前に通った西都や都濃は閑散とした雰囲気がどことなく漂っていました。東北北部の4号沿いと似たような雰囲気です。
国道10号は日向に近付くと結構な渋滞。日向に着いて納得。市街地のど真ん中を通っていて郊外大型店が一杯出店してるし、海と山に挟まれていて逃げ道は無いし。
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宮崎西〜西都(東九州道)
2006-11-05
西都で古墳祭り開催中です。宮崎は古墳が多いですね。あっつにも、こっちにも古墳群が散在しています。海も山も近くて温暖で暮らし易かったんでしょうね。
西都から先、都濃まで東九州道建設中。
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清武JCT〜宮崎西(東九州道)
2006-11-04
清武から北郷までは事業区間なので、一応少し走ってみましたが、建機やダンプがすんなり通って工事ができるように県道の拡幅をやっている段階で、これからです。清武からはいきなり結構な山で杉林がうねうねと続いてました。
逆に清武から北に行くと畑ががひろがるのんびりした牧歌的風景が続きます。
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山之口SA〜宮崎(宮崎道)
2006-11-04
宮崎です。街路樹のフェニックスが南国な感じです。11月に入って秋らしくなってきた南九州、夜は結構冷えるようになってきました。
昨日は山之口で弥五郎どん祭りがあったようで、弥五郎どんは大隅にもいましたが、南九州には弥五郎ドンは結構いるのかしら?
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高原〜山之口SA(宮崎道)
2006-11-03
都城に来ますと、まあ平らになりました。ずうっと見えなくなる位向うの方まで道がまっすぐと伸びています。えびのから都城までは穏やかな地形でしたが、山之口から先は山です。ここの国道も崩落から復旧中です。九州はそういう道が多い。
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えびのJCT〜高原(宮崎道)
2006-11-03
長い間いた鹿児島から宮崎に、高原は、たかはら、でなくって、たかはる、と読みます。これからはだんだん寒くなっていくのかしら?霧島・えびの高原は紅葉もしていましたが、枯れてるのも結構あり、色付きはまだまだ、やっぱ、八甲田の紅葉は綺麗だったなあ。山から下界に行きますと、やっぱり暖かい。途中小林で出の山湧水を汲んでみる。日本は何処に行っても山の近所にくと湧き水があります、豊かな国です。
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少し休憩
2006-11-02
本日は撮影無し。
午前は知覧行ってから、ソン後開門岳を眺めつつ指宿に移動して風呂ぱーと1。んで、指宿から北の方に進むにつれ変わっていく桜島に見とれながらおはら祭が本日から開催される鹿児島市内を通過して、隼人で200円洗車して、霧島で風呂ぱーと2。新燃荘の温泉はすばらしいです。疲れが毛穴から出ていくような、まさに秘湯です。
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知覧にて
2006-11-02
で、映画を見て知覧に行く事にしまして。
特攻平和会館に来ました。靖国神社の兄弟施設といった感があります。展示されているのは、復刻された戦闘機、死んだ特攻隊員の写真・遺書、です。当時の新聞・雑誌の切り抜きなんかもあります。基本的に若くして死んだ特攻隊員の尊い犠牲が今の日本の礎になっている、という趣旨の展示です。展示の遺書の中で死んで靖国に、先に九段に行く、天皇陛下万歳、七生報国、皇国の為に、と書いてある文が結構あり、当時の戦争国家の中で天皇=国体と靖国とが一体化して機能していたのが判りました。残された者は戦争での死に意味を求めるという科白が
父親達の星条旗に出てきましたが、日本では靖国に祀られていることで戦争での死は犬死ではなく国家の為に役に立つ必要な死だったのだ、という意味付けを得ることができたし、今でも当時の死に意味を求めている人たちがいる、という事でしょう。
しかし、特攻隊員の犠牲が意味があって、美しいと賛美されるのだったら、中国で戦った兵士であれ、沖縄で戦った兵士であれ、どこであれ戦争で戦った兵士は美しいし、賛美する存在となるでしょう。まあ、靖国はそういう場所ですが。じゃあ、戦争で人を殺した事は賛美されることなのか? 違うでしょう。そうではなくて、始まりとして戦争を否定すること、戦争は勿論、戦争の中での死は無意味であった、死に意味など無かった、ことを認めて→だからこそ人間の浪費である戦争はよくない、という風に考えることが必要だと思います。
国家を護る為に死んだ人間は尊い、とした場合にも、国家って何だったの?という時に当時の国家=天皇=国体ということも考えないといけないですし。特攻で死んだ人は国を護る為でなくて、兵隊だから上官の命令で行ったんです。志願もあったようですが、当時の日本の総戦争状態の中では、軍人を選んだ時点で、それしか選択肢が残されていなかったわけで、今の平和な状況で戦争行きを志願するのとは全く違う意味合いでしょう。お国の為に死んだ特攻隊員を賛美するのではなくて、なぜ、「国」は特攻が必要となるほどの戦争を遂行したのか?そこをしっかりと見つめ、考えていくことが大事なんでは、と思います。
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父親たちの星条旗
2006-11-02
鹿児島のシネマ与次郎で見ました。
硫黄島の戦いを撮った映画です。硫黄島で撮られた一枚の写真、擂鉢山の上に星条旗を掲げた写真、その写真に写った兵士を太平洋戦争の「英雄」として戦争国債の購入の為に利用する国、利用される兵士達の葛藤、硫黄島での無茶苦茶な戦闘状況、旗を揚げた兵士達の後日談、といった映画です。硫黄島のテーマでアメリカと日本の両側から各一本撮っているので、日本側の方の映画も見たいですね。良くも悪くもアメリカ映画でしょう。別段、戦争をリアルにCGを使って再現する事で、逆に想像力を制限している、なんてことは言いません。万能な表現はありませんから。何かを選択すれば、何かを捨てないといけないのですから。戦争をリアルに描く事で、戦争の無意味性や悲惨さ、国家って何?なんかを主張できていると思いますから。ただ、兵士は国家の為に戦ったのではなく、戦友の為に戦ったのだ、という台詞には非常に違和感を覚えました。確かに戦争という異常な状況が日常となっている時には、その異常な日常の中での人間関係がさらに強調されて記憶に残ってるでしょうが、個人の記憶でなく、一本の映画でもって表現する時に、それと同レベルの結論に持っていくのは違うはづです。なんといっても戦争は国家が行うものであって、その国家が行う戦争の中で兵士が徴用され、戦っているのですから。
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で、志布志。
2006-11-01
なぜか志布志です。志布志市志布志町志布志という地名に引かれてやってまいりました。鹿児島の薩摩と大隅はずいぶんと違いますね。大隅は農林漁業という印象です。薩摩は何と言っても鹿児島圏がありますからね。国分・隼人も中々に大きいですが、こちらも鹿児島圏でしょうし。青森の津軽と三八上北の別みたいです。あちらも津軽に集中してますからね。
大隅の景色は開拓地の風景といった風情で、それこそ下北半島や東北は岩手県の景色とよく通じるものがあります。火山灰からなるシラス台地だけあって土はサラサラで、水はけが良さそうです。薩摩芋畑と茶畑が主で米はあまり見掛けませんでした。
志布志に近付くとコンテナーや飼料用トラックを多く見るようになります。東京・大阪向けのフェリーが・・・ 帰りたいなあ・・・・ そういえば志布志は飼料の水揚げでは全国有数だったような。上組やらヨコレイやらの巨大な飼料用定温倉庫もありますし。何税関管轄だったかなあ?確か長崎税関だったようあな。もしくは門司税関ですね。
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〜末吉財田(東九州道)
2006-11-01
昨日は日没によってすっごい中途半端な場所で終わった為、今日の朝から早速撮影再開。やっぱり道が複雑なので、日が出ていない道に迷って危険ですね。そのまんま、大隅までは道を作っているので、工事現場を見物に。2009年度の開通予定で全力で作っています。でもなあ、末吉で財田でも大隅でも、人住んでないからなあ・・・
大隅から鹿屋串良、鹿屋串良から志布志まではまだ、説明会や用地買収の段階です。鹿屋串良・志布志間の事業説明が開催され、これで全国の直轄区間が工事の用意に入ったみたいです。民営化して、建設速度が逆に上がってますな。
Posted by inamiyaphotos 14:52:25│Comments(0) │TrackBack(0)