(蔵出し日記)
どうでもいい、本当に"しょ〜もない"話です。
最後まで読んだら腹が立ちますので、
「それ、知ってるよ」という人や暇の無い人は、この先を読まないで下さい。
では・・
何かがきっかけとなって芋づるのようにツルツルと思い出してしまう、でも誰にも話しようのない"バカかりし頃"の話が時々あります。
そんなことも忘れないように書き留めておく様にしようかなと、
某所で"八代亜紀"の絵画の個展を見た。
展示即売のサイン会を兼ねていたのでご本人も見えていた。
案の定、魅力的気な女性だった。
この年になってようやく良さが理解できるような気がする。
彼女を見るとかならず思い出すのが高校生時代。
彼女の大ファンだった男がいた。
ちなみに当時、僕は"水沢アキ"が好きだった。
今思えば“AKI”つながりだな。
そういえばアイツもベース弾きだった。
「サノ・ヘン」というニックネームの男(私がつけた)で、少し変わり者だから“佐野変だ。佐野変だ!”としょっちゅう言ってたから{サノ・ヘン」になった。
本人は最初気に入らない様だったが、
「じゃあ、サノ・ヘンドリックスにしよう!」と言うと、意外に満更でも無いようだった。
「でも、ジミみたいに普段は縮めてサノ・ヘンだよ。いいだろう!」って言ったら、「おーッ、イイ、イイ!」ってものスゴく喜んでいた。
"ジミ"みたいってとこがエライ気に入ったようで、突然、”紫の煙”のリフを口ずさみながらギターの弾きマネをし始めた。(今で言うエアギター)
「く〜っ、カッコイイなぁ、このフレーズ、ディストーションをバカ効かせて弾くと気持ちイイんだよ!あーっ、早く家帰って弾きたくなった!」彼はギターも密かに弾いてた。
「やっぱりアイツ、変だよなー。」と、みんなで言ってた。
学校帰りに「サノ・ヘン」の家に連れて行かれ、彼のギターに付き合わされてベースを弾かされたり、歌わせられたりしたが、僕はあまり気持ち良くは無かった。。
最初は、"レインボー"とか"クィーン"とかやってるんだけど(ここから既にツライ)、最後はいつもヤツの本命「太田裕美」のアルバムをコッテリと聞かさられて(ずれたユニゾンのサノの歌つき)、ドッと疲れて帰っていた。
作曲は筒美京平、天才だ!と何度も聞かされた。
彼とは音楽の趣味が全く合わなかった。。
「サノ・ヘン」という呼び名は広く浸透して、クラス担任も同じように呼んでた。
担任「おい、佐野の名前は何だって?」
サノ「敏明です。」
担任「じゃなくて、ヘンノ・・?」
横から僕「ヘンドリックスです。」
担任「佐野ヘンドリ・・?解りにくいから、サノ・ヘンでいいなっ。」 って、教科書で肩をポンポンされてたのを今でも思い出す。
同窓会などがあるといつも「昔のくだらない事だけはホント、よく覚えてるな〜」と関心される(呆れられてるのか・・)僕です。
・・お疲れさまでした。