”ドゥー・ビィ・ブラザース”と比較されることが多かった”スティーリー・ダン”。
それってなぜだったんだろう。
音楽的には全然共通性が無い。
言えるのは契約社員の様な存在だった’ジェフ・バクスター’と’マイケルマクドナルド’が途中から抜け出て
ドゥー・ビィ・ブラザース”に行ったことくらいか。
さて”スティーリー・ダン”というバンドというかユニットは中学生時代からかなり気になっていたのだが、資金不足や周辺で誰も聴いていなかったのでずっと遠巻きに眺めていた状態だった。
代表的な数曲はラジオで聴いていたこともあったかもしれない。
「爽やか革命」あたりから気になってはいたんだけど、アルバムで最初に聴いたのは超ヒットの「aja」でようやくだった。
今思えば、もっと早く手を出しておくべきだった。。
じゃ音はというと、軽快でチョイとファンキーでロックなの??かと思える、なんともお洒落なものだった。
で粘り着き、絡み着くような乾いたボーカルが独特でかなり印象的だ。
ボーカルはぜんぜんファンキーではないのだが、音楽に乗っても違和感がない。。(J系のだとたいてい違和感だらけ)
こんな感じの音楽はそれまで聴いたことはなかった。
今になっても現れてこない。空前絶後ということか。
今でも大好きで全てのアルバムをよく聴き直す。
じゃ、一番はどれ?と聴かれると本当に悩んじゃう。
全部聴いたほうがイイ。
前期のジャケデザインは一捻りあって後期と逆の意味でイカしている。
さて、この時、前述の契約社員はクビになり、
メンバーはボーカルの’ドナルド・フェイゲン’とギター係の’ウォルター・ベッカー’2人になり、演奏はほぼ完全に外注ゲストミュージシャンにより制作された。
これがフュージョン界のトップばかりの凄腕の面々。
この究極の合理的スタイルが今でも継続されている。
実際には、”スティーリー・ダン”は最初からこの2人だけだったのだと思う。
チェリッシュの夫婦みたいなものかも。(今日はたとえが冴えていない)
このアルバム、ナゼか楽器をやらない連中には頗る評判がよく、借りてが殺到した。
ちょうど3年生になった頃で理系クラスから落伍して我クラスに来た’H野’がかなり気に入っていた。
彼は’K田’と同じサッカー部で清水市内の高校サッカーのまさに底辺を支えていた。
如才ない男だったので直ぐに仲良くなった。
服装にかなりこだわる男で、僕も影響された。
悪いVAN系ファッションを’Jちゃん’からレッドカードを出され、流されるようにウエストコースト脳天気系に足を踏み入れていたが’H野’のおかげで’JUN系’に軌道修正していった。
これには’Jちゃん’はイエローカードを時折カードをちらつかせていたが迷っていたようだった。
今で言うと、微妙なところだったんだろう。
’H野’とは3年生の1年間を2人でクラス委員を務めることになり、楽しくも笑える思い出が多い。
それについては、またいずれ。