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●パブロ・クルーズ

2007-07-30

”Jちゃん”と付き合い始めてから、僕は相当リニューアルされてしまった。
入学当初は、MEN’S CLUB風IVY系ファッションを目指しパーマをあてた。
しかし、それでは悪い上級生ロックンローラーの仲間に引き入れられる、ということでダメ出しされた。
パーマを落としたとき、クラスの一部女子から逆ダメ出しされた。
おいおい!世論はいったいどうなっているんだ??
しかし、人生最初の分岐点で僕は”Jちゃん”を選び、自ら退路を断ったのである。

う〜ん。
今思えばそれほどタイソウな事である。
何故ならば、そのままのスタイルでいたら、2年後に”ジャー・ストラマー”か”ミック・ジョーンズ”みたいになれたのに残念!
でも15歳からそのままずっとパーマでいたら、今頃同級生のように脳天が薄くなっていたかもしれない・・・

”Jちゃん”はシッカリ者で僕をグイグイ引っ張ってくれるので楽といえば楽だった。

僕も脳天気高校生活にスッカリ浸り、この青春を謳歌してみようかと、まさに甘い考えをしていた。
更にこの頃、サーフィンでもやってみようかと・・血迷った。
お揃いでライトニングボルトやOPのウェアやを買っちゃったりして。

従って、音楽は”カラパナ”か”パブロ・クルーズ”を聴かなくてはいけなかった。

絆(ライフライン)

サーファー風プロレスラー、”リッキー・スティンボート”の様な顔のメンバーが印象にある。
今は曲を全く思い出せないのだが、いかにも脳天気なサウンドだった。



別のアルバムで「ワールド・アウェイ」は少しだけが記憶にある。
今はチョットも聴きたいとは思わない。

甘っちょろくも優柔不断だったことが如実に現れていた青春時代であった。

Posted by curodo 23:39:52Comments(0)TrackBack(0)

●マイルス・デイビスのジャック・ジョンソン

2007-07-26

前回の”ジャック・ジョンソン”つながりで、’70年にサントラ版として録音された帝王マイルスのアルバム『ジャック・ジョンソンに捧ぐ』。

そうだよ本来”ジャック・ジョンソン”といえばこっちのことだよ。
タイトルの”ジャック・ジョンソン”はプロボクシング黒人最初のヘビー級チャンピオン。

このアルバム、安いギャラで適当につくったらしい。
が、それでもロックアルバムとしたら凄いんだからどうしよう。
そう、マイルスがこのアルバムで演った音楽はロック。

ジャック・ジョンソン

このころロック側からジャズへアプローチ、ジャズ側からロックへのアプローチが始まった。
実をいうと、僕はこのあたりの新しい何かを模索するような姿勢で作られた音楽が一番好きだ。

そこで帝王マイルスは最高のロックバンドを演ってやろうとこのアルバムが制作されたようだ。
A・B面1曲づつ、計2曲の構成。

マイルスのソロは当然にカッコイイ。
が主役は帝王以上に”ジョン・マクラフリン”。
カッティングギターが切れまくり、ソロ弾きまくりの「Right Off」は後にジェフ・ベックが「Freeway Jam」としてそのまま拝借しているんじゃないか?

それにしても、特に本作前のあたりの時期からの音楽は先見性、先進性の秀逸さが顕著。
とにかく新しい上に、今聴いてもとんでもなくカッコイイ。
それは多くの有名どころがフォロワーとなり、モチーフまたは真似をしていることで立証される。

マイルスの作品には著名な競演プレイヤーがあまりに多いので随時紹介しようと思う。
というか、彼らはみんなマイルスが有名にした様なものだけど。

”ジョン・マクラフリン”もいいのだが、やっぱりジミ・ヘンとの競演を見たかった・・・

合奏+合掌

Posted by curodo 19:25:34Comments(0)TrackBack(0)

●ジャック・ジョンソン

2007-07-24

洋楽履歴氷河期を乗り切るために考えた。
過去の履歴に割り込み、今日は現在のユルイ系の王道”ジャック・ジョンソン”。

新譜にまるで興味の無かった僕がなんで?
というと、前回の”ジャクソン・ブラウン”つながりでということで・・・

どこが!?
というのはじつは数年前HMVであてなくCDをみて時「J」のコーナーで”ジャクソン・ブラウン”か〜
「ホールド・オン」以降は買っていないな〜と思いつつも【NEW】というステッカーを見て、騙されたと思って買ってやれ、と購入した。
帰宅し早速CDプレイヤーを回すと、イイ感じの生ギターのイントロが。。
うーんコリャ当たりか! と。。
さらにドラムが加わるとなんか以前とは違うフレーズだな・・暫く聴かない間に新しい作風を身につけていたのか?
ところが・・ボーカルがでたら声まで変化しているじゃないかい!
暫し頭の中が混乱。。
ありゃ、こりゃどうもおかしいな。
CDジャケを手に取りよく見ると(というか、よく見なくても)”Jackson Brown”ではなく”Jack Johnson”で、タイトルは「Brushfire FairlyTales」だった。

ブラッシュファイアー・フェアリーテイルズ

写真は、雨の中レインパーカーのフードを被り上目使いのチョビヒゲに随分イメージが違うが・・時間の経過で心境も大きく変化したのだろうと思いこんだ。

でもタナボタの結果オーライ!

完全に勘違いだった。
シンプルでアコースティックな演奏に力の抜けきったボーカル。
ハワイが活動拠点ということで、最近の僕の好みのテーマに近い音だナチュラルなつくりだ。

結構気に入り、その後も「On&On」と「Thicker Than Water」、DVD「The September Sessions」も購入。
ミュージシャンで映画監督でサーファーって肩書きはカッコいいじゃんか。



というわけでひょんなことから
”ジャック・ジョンソン”はそこそこの愛聴盤になった。

こんなこともたまにはある。

Posted by curodo 20:36:11Comments(0)TrackBack(0)

●ジャクソン・ブラウン

2007-07-23

”Jちゃん”がホニャホニャ軟弱路線に進み始め、どうしたものかと思ったのだが
A型の僕は、O型の彼女の言うことに付き合わないわけにはいかない。

新作『プリテンダー』を買ったというので一緒に聴いた。

プリテンダー

それは優しく、物悲しく刹那い曲のオンパレードだった。
が彼女と二人で聴くには今までと違った雰囲気もできいいかもね。
と、思ってしまったのが敗因だった。

バンドの”S茂”まで前作『レイト・フォー・ザ・スカイ』を買う始末だ。

Late for the Sky

まぁ、彼はポール・マッカートニーのバラッド好きだからそんな要素はあったんだけど・・・
それに実際、”ジャクソン・ブラウン”の楽曲も声も素晴らしいものだった。



ただし、これ以降、ロック度、ポップ度は増していく。
これまでの様に演奏の仕上げはシンプルな方がいい。
楽曲もいいんだけれど今までと同様で新しさは無い。
「一家に一枚”ジャクソン・ブラウン”。でも一枚でいいよ、どれもほとんど同じだから。」と”S茂”が珍しく皮肉を言っていた。

それでもどんどん古いほうに遡って聴いてみようという事にした。

そんなわけで、彼女に導かれつつ僕はすっかり骨抜き軟弱路線に引きずり込まれていくことになってしまった。

さ〜て、この後からが問題だ・・・

Posted by curodo 21:29:44Comments(0)TrackBack(0)

●洋楽氷河期('76)

2007-07-22

高2の頃、僕は何を聴いていたのか、
どうも明瞭には思い出せない。。
これは何故か?

今から考えると僕の洋楽氷河期だった。
それまで聴いてきたバンドも衰退傾向に陥っていたし、
新しいバンドもただポップなだけ。
ゾクゾクして踵が浮き上がる様な感覚になるものは無かった。

何か新しい感覚のものを欲していた。
が、しかし、それが無い。
出てこない。

よくよく思い起こすと、
”Jちゃん”がホニャホニャ軟弱路線に進み始め、
A型の僕は、O型の彼女の言うことに素直に付き合いながら
他愛の無いやつを摘み食い、とう時期が続く・・

このブログも、これからしばらくは書くのが辛い期間が続きそうだ。

Posted by curodo 19:00:50Comments(0)TrackBack(0)

●バンド vol.5-1

2007-07-21

高2の夏休み"H馬"から、地元の会館を借りるので合同練習をしようぜ、と持ちかけられた。

我がバンド(今考えればバンドの名前も無かった)のメンバーは当初の3名以外は流動的だった。
ボーカルが固定していない。

今から思えば、だったら3ピースでガンガンやるくらいの覚悟があれば良かったかも・・と

その頃は、同じ中学から同じ高校に進み同じクラスになった"K又"が僕らのバンド練習に遊びに来ていた。
遊びという理由はラグビー部に所属し正月の全国大会に何度も出場する厳しい部だったし、実際に1年・2年・3年時と連続出場した。

そう言うなら、僕らも勿論遊びの域だけどね。
彼は中学時代は"かぐや姫"とかのフォークソングばかり演っていたが、ストラトをどこからか調達してきて、息抜きに演っていたんだと思う。

と、前置きが長くなってしまったが続きはまた今度。

Posted by curodo 23:11:02Comments(0)TrackBack(0)

●シカゴ

2007-07-18

ブラスロックバンドつながりで、”シカゴ”。
なかでももっともポピュラーでポップな路線。

最初に聞いたのは中3の頃、FMでの特集だった。
「長い夜」や「サタデー・イン・ザパーク」がかかっていた。



「いったい現実を把握している者はいるだろうか?」なんて邦題の曲もあった。
そのうちにベストアルバムが出たんでとりあえず購入した。

Chicago IX - Greatest Hits

でもいつも聞いていたのは、さっきの3曲を含め4〜5曲程度だけだった。
「長い夜」はロックっぽいし、それにホーンセクションが加わり
これがブラスロックといわれたら非常にわかりやすい楽曲だ。
が、感じの悪い禿げで北海道出身の元フォークシンガーの同名曲があるのでお間違いのないように。

その後バンドはどんどんポップ路線を進み、
ヒット曲はバラードばっかりの他愛のない骨細グループになってしまった。
まるで平井鰹みたいな。。

Posted by curodo 21:54:07Comments(0)TrackBack(0)

●BS&T

2007-07-14

”地と風と火”が出たんで今回は・・・
”血と汗と涙”。
って、”巨人の星”みたいなスポ根ものを思い出す。
ベタなネーミングのバンドだが。
ブラス・ロックの創世記に活躍した。

ホーンセクションが入ってロックとジャズが融合しブラスロックとも呼ばれた。
この掛け合わせは’60年代後半から盛んに試されたが表現方法や完成した音楽は多様。
その頂点はなんといっても帝王”マイルス・デイビス”。

で、この”BS&T”はだいぶロック寄りであり、ジャズっぽくもあるが、それよりR&Bっぽいと思う。

結成時バンドの中心はプロデューサーを兼ねた”アル・クーパー”。
しかし1作「Child Is Fathe The The Man」でバンドを去る。

子供は人類の父である


そして皮肉にも2作目収録の「Spinning Wheel」がヒットした。

血と汗と涙


”エリック・サティ”の「ジムノペティ」や"CREAM"の「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」を引用している。

様々な手法にトライし、バンドの存在意義は非常に大きいと思うのだが、
たまに聴くと、バンド名と同様に結構重い音だ。。
演奏も、ボーカルもイイんだけど、体調が良くないと最後まではつらい・・
バンドキャリアは長く、今なお活動中らしい。

Posted by curodo 17:03:16Comments(0)TrackBack(0)

●管弦楽演奏会

2007-07-06

先日、母校の管弦楽部のコンサートにいった。
クラッシックの生演奏を聴くのはこのときくらい。

客員指揮者を招き本格的である。
慣れ親しんだ演目で、母校というひいき目もありとても良い演奏だった。
地元での冬の演奏会も今から楽しみだ。

そい言えば、高校時代の器楽部も定期演奏会があり
毎年、夏休み前の土曜日の午後市民会館で開催していた。

クラスメイトの”H馬”は付き合い始めたばかりの彼女と鑑賞に行ったそうだ。

昼ご飯を食べに一旦自宅に帰り、着替えをして出掛けようとすると、
姉さんが「これ、持って行きなよ。」といって食べ物を持たせてくれたと・・
それは”茹でガニ”だったそうだ。

それを持って演奏会を聴きに行き、途中で”バリバリ”と食べていたらしい。
彼女にも「これ、食べる?」って勧めたらしいが断られたと・・

そのうちにホールの係員が来て、
「すみませんが演奏中、おせんべいは食べないで下さい。」と注意されたと・・

そこで”H馬”は「カニですけどぉ。」と答えると
係員は「カ・カ・カニですかぁ!?あぁ、あの、カニも食べないで下さぃ。。」と言ってさっさと退散したそうな。

そんな話を思い出した。
不思議な家族を持つ男だった。。

Posted by curodo 20:55:41Comments(0)TrackBack(0)

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