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プロフィール

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●高2のクラス

2007-06-17

高校2年のクラス変えがあった。

1学年8クラス編成だが、またしても僕は8組。
2年では選りすぐりのおかしな連中が集まった。
従って、端っこの文系コースの8組は落ちこぼれクラスと噂され、幸か不幸か、洋楽好きが結構いた。
それでも、教師になった連中が6人もいるのは驚きだ。
もっともその連中はアホの相手は適当に、真面目に勉強していたのだろう。

その中で楽器をやっていたのは、僕のほか"H馬"・"S野"・"K田"の3人。
しかし、その構成は、"H馬"と"鎌T"がギターで"S野"と僕がベース。
これではまた、クラスでのバンドは無理だな・・、と思っていた。

"H馬"は柔道部で、筋金入りの”変ですガイ”だった。
ブログには書けない恥ずかしいエピソードが沢山ある。
勉強は全くせず家ではギターばっかり弾いているらしい。
それで、カセット録った自分の中学時代からのバンドの演奏を僕に"聴け"と持ってくる。

僕はといえば読書嫌いなのにお気楽な文芸部だし、勉強よりそっちが好きなもんだからソレに付き合うようになり、コチラのバンドのも聴いてくれと、おかしな”交換テープ”が始まった。

"K田"はサッカー部で、現8チャンのサッカー解説者、"K間"と友達だと言っていた。
若いのに北大路欣也似で、行動は自由奔放な男だった。
昼休みはエレキの弦を張ったフォークギターを弾いていて、演る曲はお決まりの”ウィングス”の「ビーナス&マース」とあと数曲だった。

Venus & Mars


"S野"は文系に進んだくせに地学部か物理部かどっちかに所属していた。
どっちにしても終始、支離滅裂な考えの男だ。
ヤツもギターを弾くんで何か演っていたがする。
あ〜、”ブラックモアズ・レインボー”の曲だった。
そういえば、レインボーはさっきのウィングスの曲にも出てくるな・・



とにかく、この連中とのエピソードは山ほどあるのでそれを全て紹介していたら違う主題のブログになってしまう。
しかしながら、良くも悪くも高2・3年の思い出といえばコイツ等との出来事が中心なので許される範囲で盛り込んでいこうと思う。

さて、高1の冬には彼女もできて、やっと素敵なハイスクール・ライフの始まりであ〜る。

Posted by curodo 21:47:23Comments(0)TrackBack(0)

●EW&F

2007-06-15

アースの「ゲッタ・ウェイ」が、ちょいヒットした。

「なんだコリャ!なんちゅーかっちょイイ曲だ!」

イントロからブッ飛んだ。しかもこのフレーズはこれっきり。
だから最初からまた聴きたくなる。
絶対飽きない、恐ろしいアレンジだ。

パキパキしたホーンセクションとファルセットコーラスと適度(だから飽きない)なチョッパーが入るベースライン。リズムブレイク。
収録アルバムは『魂(Spirit)』

Spirit

その頃、ABBAやKC&サンシャインバンドやスタイリスティックスなどディスコ、ソウル系の音が結構流行っていた。
でもどれもシングル重視のPOPグループ的印象だった。
だからアルバムも買うことはなかった。

でもアースの「ゲッタ・ウェイ」はそれらとは異質に感じた。
ファンキーでポップではあるけれど、
その他との決定的な違いは何なのか良く解らなかった。
スピリットが違う様な・・・
だからこちらの感じ方が違うのか?
ジャケットを見ながら聴いていると余計にそんな気がしてくる。

とにかく当時としてはそれまでのファンクバンドと比べ、断然アカか抜けていながらカッコイイ。

その年の春、1年後輩に”A木”が同じ高校に入学し、同じ部に入ってきた。

彼は結構洋楽好きで、レコードを貸しあったりしたけど、
「Cちゃん(僕のこと)”アース”いいよね〜。」って言うから、
「あぁ、バカいいよ!」って答えると”アース”のアルバムを幾つか持っていてるってんで貸してもらった。

その後、彼は僕の後を追うように、きっちり浪人して、入れ替わりで同じ予備校に入り、同じ大学の同じ学部に入ってきた。

部は別でサーフィン部に入ったんで、いつかのお礼に僕の腐りかけたサーフボードを貸してあげたりした。
そのデンジャラスなハイスピードボードのおかげで、1年からメキメキ実力をつけ部長にのし上がった。

話を戻す。
”アース”はその後、誰でも知っている爆発的ヒット曲を幾つも飛ばす。
でも僕は『魂』以前の楽曲がラフな感じでいい。
楽曲でいうと「Mighty Mighty」「Evil」「Shinning Star」「That's The Way of The World」「Sing A Song」が好きだ。

Posted by curodo 20:54:44Comments(0)TrackBack(0)

●バンド vol.4 【練習場の引越し】

2007-06-13

”K稔”の店のプレハブ倉庫の練習場で月1回ペースで数回練習した頃、在庫商品が増えてきたのでて使わせてもらえなくなると予告された。

何だ〜、練習場が無くなったらバンド存続は無理じゃん!
田舎町でスタジオなんか無いんだから。。
追い出される前になんとか目星をつけないと!

うちの蜜柑山の貯蔵庫って案もあった、音はいくら出してOK!
でも、そこに行くのには急坂で楽器を持って、歩きでは無理。。

すると、”S茂”が「うちの工場の事務所を使わせてもらえるか、親にかけあってみる。」と提案した。
何?ソンナこと出来るのか?
「OKなら土日の昼夜いつでも使えそうなんだよなぁ。」って。
それ最高じゃん!早く聞いてくれ〜!
ったら、即OK!”S茂”の家族は理解あるホントいい人達だ。

工場は大きな河の土手近くで、デカイ音は出し放題。畳の床ありで、一晩中練習できるし、眠たくなりゃ、いつでも寝れる。
ガス、水道があるからカップラーメンくらいならいつでも作って食べられる。
おまけにアンプは置きっ放しでOKとくる。

最高な練習場だ。
これで練習場所は安泰ということになった。
環境だけは、なんて恵まれたバンドだったんだろう。。

Posted by curodo 22:59:52Comments(0)TrackBack(0)

●パクリの邦楽【RCサクセション】

2007-06-12

RCサクセションのメジャーのきっかけとなったのはヒット曲「雨上がりの夜空に」だった。

RHAPSODY NAKED (DVD付)

しかし、ちょっと待った!

それモット・ザ・フープルの「ドライビン・シスター』のまんまだろ!
そこまで盗むのはひどいなよぁ。

日本のロックなんて土台、そんなもんだけどさ。
RCも清志郎の歌舞伎のセリフ口調みたいなボーカルでもっていたようなもんだけど。

大学1年のとき同じ部の”Mチ”に誘われて大学の大講堂で見たけど・・。
大学生協の後援で、確か500円くらいだった記憶がある。
とにかく安かったから見たけど。

パクリの反省をして「雨上がりの・・」の儲けを還元したんだろう。
『BLUE』もかなり売れたもんな。

BLUE

話はそれるけど、
その頃、妹のボーイフレンドがデトロイト出身の"ダン・フレッタリ"という留学生だった。
因みに飼い犬が”ジャン”で非常に紛らわしかった。

で、家に遊びに来た時、RCの曲をテープにとって欲しいと言われた。

「デトロイトといえば、モーター・カーとロック・シティじゃん。何でこんなもの聞きたいの?もっとイイのが沢山あるでしょ。」と聞き返すと、
”ダン”いわく、
「日本語で古臭いロックを演っているのがとても面白くて笑える。だからアメリカの友達にお土産に持ち帰り、聞かせたい。絶対にウケるハズ。」だとさ。

なるほど!ナイスなセンスの男だ。

願わくば、妹も土産に持って帰って欲しかったよ。
GMのお偉いさんの御曹司らしかった・・・

Posted by curodo 21:49:13Comments(0)TrackBack(0)

●モット・ザ・フープル

2007-06-11

”バドカン”参加前に”ミック・ラルフス”が在籍していたバンド。
古すぎて、当然僕はリアルタイムではない。

"デビッド・ボウィ"のプロデュースアルバム『All Young Dudes』でメジャーバンドになったようだ。

すべての若き野郎ども


だが、ヒットしたタイトル曲などはまさに”ボウィ”メロディで、どうも”モット”な感じが出ていない。
全体にバラエティに豊み過ぎというか、まとまりがない曲構成で取って付けたようでしっくりとこない。

実は”バドカン”1stの超有名曲「レディ・フォー・ラブ」もオリジナルがこのアルバムに収録されている。
”ミック”の作曲で自ら歌っている。
歌は”ポール”にはかなわないけど、可愛らしい声で僕はかなり好きだ。
そういうことも考えに入れると僕はそれ以前のアルバムの方が好み。
楽曲提供でも”ミック”が頑張っていて、粗削りのロックっぽさが色濃い。
だから、一番お気に入りはアルバムは、『Mad Shadows』

マッド・シャドウズ(紙ジャケット仕様)


次に少しソフトでアメリカンになるが『Wild Life』。

ワイルドライフ(紙ジャケット仕様)


オープニングからリードボーカルでシャウトが聴ける。

”モット”の曲ではシンプルなロックン・ロールに対比するようにピアノバラードがどれも素晴らしい。
アルバムに3曲程度は挿入されているピアノ・バラードがどれも素晴らしい。
ボーカルは”イアン・ハンター”がとっていた。
”モット”の曲ではシンプルなロックン・ロールも良いが、
”イアン”の危うく音を外しそうで外さない?な、ところがたまらなくいい。

その後のソロアルバムでは一層磨きがかかっている。
”イアン”バラードだけのMD編集をしたりして楽しんでもいるんだけどね。

バンド自体はその後、暴力的イメージでカリスマ性を帯びてきてUKパンクスの教祖的存在になっていたようだ。

Posted by curodo 21:28:07Comments(0)TrackBack(0)

●バッド・カンパニー

2007-06-08

スーパーなミュージャン達で結成されたグループ。

Vo:ポールロジャース(フリー)
Gt:ミック・ラルフス(モット・ザ・フープル)
Ba:ボズ・バレル(キング・クリムゾン)
Dr:サイモン・カーク(フリー)
という具合で元バンドが凄いブランドばかりだ。

デビューアルバムにシングルカットされた曲「キャント・ゲット・イナフ」というのがあった。

Bad Company

ミディアム・テンポのR&Bっぽい曲だったけど、ソレまでの僕の洋楽遍歴からすると
かなり大人っぽくもなり渋いモノであった。

しかもボーカリストのポール・ロジャースは凄くイイ!
眉が太く、垂れ目なところも、日本人を妻にするセンスもイイ。

それはおいといてだ、
セカンド・アルバムもどの曲もエライ素晴らしい出来栄えだ。
どちらかといえば、僅差でセカンド「ストレイト・シューター」が好みかな。

ストレート・シューター(紙ジャケット仕様)

小僧には真似できない大人のロック!?
これまたバンドでは到底出来そうにない。
ここでは「グッド・ラビン」を紹介しようかい?



ベーシストの”ボズ”はキング・クリムゾン時代、前任者”ゴードン・ハスケル”の不甲斐なさに美声を買われ加入、ロバート・フィリップにベースを教えてもらって演っていたらしい。

それでか、ボズのベース・ラインはシンプルでツボをおさえたもので、リズム感さえしっかりしたら、コピーは難しくは無い。

むしろ”バドカン”でも”ボズ”のボーカルが聴けたら嬉しかったんだけどね。

あぁ、それで「キャント・ゲット・イナフ」がどうしたの?ということだが、う〜ん、長くなりそうだ。。
それは、もう少し先に詳しく書き込むよ・・

Posted by curodo 23:00:38Comments(0)TrackBack(0)

●バンド vol.3 【できた。バンド?】

2007-06-02

僕の洋楽アーカイブスを時系列で書いてきたが、少し脇道にそれそうになった。
"ヤン・ハマー"から”マハビシュヌ・オーケストラ”にいこうと思ったがそれはもう少し後にしよう。

さて、高1のバンド結成の話に戻そう。
"K稔"が本当にドラムを買ってくれた。
すかさず"S茂"が練習曲のテープを渡しに行った。
"ピーター・プランプトン"の「ショウ・ミー・ザ・ウェイ」だ。
カッコイイわけでもなく、最高というものでもなかったが、とりあえず演奏の実現性を考えてこれにした。

それから1ヶ月ほどした日曜日、初練習となった。
場所は"K稔"の家の新設プレバブ倉庫。
3人だと十分すぎる広さだ。
午前から夕方まで使わせてもらった。
初夏だが、ただでさえ音が漏れるので窓は開けられない。
かなり暑い。でも"K稔"の家は酒屋。
今ならビールだが、高1の当時はジュース類を差し入れていただいた。

"S茂"と僕は個人、合同練習をそこそこやってきたのでなんとか通して出来る状態。
小学生がやっとプールで25mをアップアップしながら泳げるようになったような感じだ。

だが、"K稔"はやっと8ビートを刻めるようになったばかり。
それも不安定で、1分と持たない。
少林寺拳法部のくせに腕力が足りないのか?
はたまた、扱かれすぎて力が残っていないのか?
結局、課題曲にトライはしてはみたがドラムを無視して進行した。

あ〜、曲にというか、全然バンドになっていない。
単に、楽器を買った3人組が音を出しているだけだ。
まぁ、初回はこんなもんか。
練習場所がタダで確保できただけでもラッキーだっただろう。。

Posted by curodo 23:13:45Comments(0)TrackBack(0)

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