その中で、「宇宙の果てには、自分がいる」という仮説が出てきた。
その中で、どうしても、ひっかかることが・・・
その仮説自体は、「宇宙は、風船の表面のようなもので、果てを求めて行くと、結局、一周して、元のところに戻る」(つまり、昔、地球が平面だと思ってた人たちが、地の果てを求めて旅をしたら、一周しちゃったというのと同じ)というもので、
結果も、宇宙の果てについては、まだ、何もわかってないので、わからないというものだった。
何が引っかかったかというと、その仮説の説明の中で出てきた、宇宙の始まりの説明。
何百億年(ちょっと数字は忘れた)前に、ビッグバンが起こって、そこに、「時間」と「空間」が生まれて、宇宙が生まれた・・・というのだ。
ということは、それまでは、時間も空間もなかったのか・・・
時間も空間もないということが、どうも、わたしの理解を超えていて、
なんだか、番組に出ていたギンギラの松平健を見ながら、悩んでしまった。
時間や、空間というのは、単なる観念で、
人間が、時間や空間と言う観念を作り出す前から、
そこに存在するものだと、わたしは思っていた。
特に時間がないというのが、どうしても、感覚としてわからない。
「今」の連続が、時間の流れなんじゃないの?
それが、ない?うーーーーーーん。
それに、まったく何もないところで、何か(ビッグバン)が起こるというのも、どうも理解ができない。
そして、何にもないところから、何か(宇宙)が生まれるというのも・・・
そして、これから、また、何億年か過ぎて、今ある宇宙が、また、なんにもなくなってしまう・・・・?そうすると、今あるものはどこへ行ってしまうの?もう、かなり、頭の中はパニック状態・・・
で、ふと、だんなに聞いてみた。
そうすると、だんなの説では、まったく何もなかったのではないというのだ。
巨大なエネルギーが、ぎゅーーーっと詰まった点があって、その点の中のエネルギーが、ビッグバンを起こしたのだと。
空間や時間とは、結局、そのエネルギーの広がりであり変化であるというのだ。
今は、ビッグバンによって、そのエネルギーが広がっているから、その方向に向かって、時間が流れているらしい。
ということは、もし、その逆の方向にエネルギーを引っ張る巨大な力が現れたら、時間は逆に流れるのかと、聞くと、そういうこともあるかも・・・だって。
時間が逆に流れる・・・でも、結局、その流れの中で、人間が存在したとしても、
それが普通の流れになって、逆に流れてるなんて気づかないのかもしれない。
いや、もしかしたら、今の時間だって・・・
とりあえず、わたしは、だんなの説明で、ちょっと、納得。
だんなの説なので、ほんとにそうなのかどうなのかは、わかんないけどね。
不眠症には、ならずにすんだ。
たまに、こういうことで、悩んじゃうのよ、わたし。
ということは、それまでは、時間も空間もなかったのか・・・
時間も空間もないということが、どうも、わたしの理解を超えていて、
なんだか、番組に出ていたギンギラの松平健を見ながら、悩んでしまった。
時間や、空間というのは、単なる観念で、
人間が、時間や空間と言う観念を作り出す前から、
そこに存在するものだと、わたしは思っていた。
特に時間がないというのが、どうしても、感覚としてわからない。
「今」の連続が、時間の流れなんじゃないの?
それが、ない?うーーーーーーん。
それに、まったく何もないところで、何か(ビッグバン)が起こるというのも、どうも理解ができない。
そして、何にもないところから、何か(宇宙)が生まれるというのも・・・
そして、これから、また、何億年か過ぎて、今ある宇宙が、また、なんにもなくなってしまう・・・・?そうすると、今あるものはどこへ行ってしまうの?もう、かなり、頭の中はパニック状態・・・
で、ふと、だんなに聞いてみた。
そうすると、だんなの説では、まったく何もなかったのではないというのだ。
巨大なエネルギーが、ぎゅーーーっと詰まった点があって、その点の中のエネルギーが、ビッグバンを起こしたのだと。
空間や時間とは、結局、そのエネルギーの広がりであり変化であるというのだ。
今は、ビッグバンによって、そのエネルギーが広がっているから、その方向に向かって、時間が流れているらしい。
ということは、もし、その逆の方向にエネルギーを引っ張る巨大な力が現れたら、時間は逆に流れるのかと、聞くと、そういうこともあるかも・・・だって。
時間が逆に流れる・・・でも、結局、その流れの中で、人間が存在したとしても、
それが普通の流れになって、逆に流れてるなんて気づかないのかもしれない。
いや、もしかしたら、今の時間だって・・・
とりあえず、わたしは、だんなの説明で、ちょっと、納得。
だんなの説なので、ほんとにそうなのかどうなのかは、わかんないけどね。
不眠症には、ならずにすんだ。
たまに、こういうことで、悩んじゃうのよ、わたし。

めぐりんちゃん、体調はどう?
いやあん、力入れて読んじゃった?
「形の無いものに誰が愛なんてつけたのだろう?」って、ほんとだねー。
多分、わたしの感じてる愛と、ほかの人が感じてる愛って、同じじゃないと思うしなー。
こういう、感情とか、現象のようなものを、共通の概念として、ひとくくりの名前をつけるというのは、
難しいことだよねー。
やっぱり、最初に考えるのは、詩人かな?
なんか、力入れてよんじゃいました〜。
不思議だな〜って思うけど、感覚としてはなんとなく受け入れられるような・・・。
YUKIさんの言う
「時間や、空間というのは、単なる観念で、
人間が、時間や空間と言う観念を作り出す前から、
そこに存在するものだと、わたしは思っていた。」
この部分って、中島みゆきの歌の
「形の無いものに誰が愛なんてつけたのだろう?」
っていう歌詞を思い出しちゃった〜。
そう思うと、よのなか「この状態を一言で言うと何といえばいいのだろう?」と思うものってたくさん出てきそうですね〜。