土曜日、用事をすませてふらりと立ち寄ったcafeにて。写真奥のパンが美味しかった!フランスパンの真ん中にコンポタージュ。
温めて食べると
うまい。はい。ということで、予告通り、まいりましょう〜。
ボクことまーくん(リリーフランキー、大泉洋が演じてました)とおかん(田中裕子)、
そして要所要所で登場する“時々”のおとん(蟹江敬三)。
炭鉱で栄えていた町にボクとおかんは、おばあちゃんとささきさん(ボクが貰ってきたうさぎの名前)と暮らしていた。
おとん(よそに女がいるらしい。でもボクは大人になるまで知らなかった)
は家にいつかず留守がちなので、おかんが町の食堂で働いて一家を支えている。
ボクは、絵を描くのが好き。大きくなったら絵で食べれるようになって、
煙突よりもっと高い、東京タワーがある“東京”での暮らしたいと、
つよい憧れを抱いていました。
一方、おかんは、おとんと離婚しようとしたもののおとんへの“女心”が
邪魔をしてなかなか別れられません。
けれど、ボクへの愛情は、ボクが大きくなって東京で暮らすようになっても
その愛情はなんら変わることはありませんでした。
憧れの東京で暮らすボク。専門学生時代の友人と二人暮らし。
職探しの日々が続く中、家賃を滞納し続けて、毎日の食べるものすらおいつかず、
気づけば路上の住人(ホームレス)になってしまうのだった。
「普通ってすごいな・・・」ーダンボール箱に包まりながら、
視線の先には煌々と輝く東京タワーがあった。
その輝きをぼんやり眺めながら毎日を過ごすボクに、ついに転機が訪れます。
それは一人の女性との出会い、名はマサミという東京タワーで案内係をしている可愛い女の子に目を奪われ心を攫われてしまいました。
ボクはその女の子が幼い頃から憧れていた『東京タワー』で働いている
ことにひたすら感動し、奮起して、いつしかまともに働くようになり、
絵の仕事も少しづつ入るようになりました。
その頃、おかんは病院の検査結果でガンがみつかり、摘出手術を受けて
いたのです。
おかんは、ボクに心配かけまいと病状を隠し(といってもボクはその頃住所不定の身)ていたのです。
手術に成功し帰宅したおかんのもとに、地元の友達・ばかぼんと金融の
仕事に就いた堅実派の友人(名前忘れた/汗)から、
「おかんの店(小料理屋を開いている)ののれんがいつまでもかからない」
と連絡を受けて、ボクは急いで実家に帰ります。
そこには、首に包帯をつけて手術痕が痛々しいものの、いつも陽気なおかん
に出迎えられて。。。
おばあちゃんもささきさんも亡くなって、一人暮らしのおかんを心配した
ボクは、東京におかんをよんで、2人の生活がはじまりました。
おかんのモットーは、人間は食べて・寝ること。
これが人にとって一番大事だと言い、ボクの幼馴染を始め、友人・知人、
仕事仲間にいつも温かい料理を振舞っていました。
そのおかげで、たえず人の出入りがある家になってゆきました。
さらにおかんは、ボクのベッドが硬すぎると、貯金をはたいて上等なベッド
を購入し、「それじゃあ何も残らなくなるよ」とボクが言うと、
「これ(ボクのこと)が残る」とおかんは話し。。。
ボクとおかんとささきさん2号(ボクの仕事の間、おかんはひとりで寂しか
ろうとペットショップで買ってきたうさぎ)の生活は、多少のいざこざが
あったもののすべてが順調に過ぎていった。
しかし、それもつかの間、おかんの癌の病気が再発してしまい、入院することに。。。
抗がん剤治療にのたうち苦しむおかん。そんな様子に居た堪れなくなった
ボクは、おかんの意図も汲んでその治療をストップします。
まさみ(おかんはまーちゃんと呼んで自分の娘のように可愛がっている)
との関係もぎくしゃくして、
「おかんが病気になって、今はおかんのことしか考えられないー今までおか
んはボクのものだった。ボクは、おかんのものだった・・・」と、
一方的に別れを告げます。
おかんの病状は悪化し、ついに大部屋から個室に移されました。
命の灯火が消えるまで、その部屋で、ボクとおかんは過ごしました。
時々、おとんが九州から新幹線に乗っておかんを見舞いにきます。
消灯時間が過ぎた夜の病院で、おかんは突然、うわ言を言い出しました。
「冷蔵庫のなかに漬けたつけものがあるから、まーくん、食べて・・・」
それは、おかんの最後の言葉となったのでした。
ボクは必死にすがりつきます。
「おかん、食べるから。だから、おかん、まだ逝かんといて。
おかん、置いていかんといて、まだ逝かんといて・・・」
数日後、一方的に別れた勤務中のマサミを東京タワーの見える、二人が出会
った場所に呼び出したものの、なかなか話を切り出せないボク。
生前、まさみはボクのおかんから形見として大事な指輪を貰っていたので、
「指輪は自宅に送るから」と言い、その場を立ち去ろうとしますが、
ボクはなんとか引き止めようとします。
その様子にしびれを切らしたまさみは、ボクに言葉を投げつけました。
「会いにくればよかったじゃない。まーくんは、まだ東京タワーに登れない
んでしょう?お母さんと約束してたから・・・だからこれないんでしょう?」
東京タワーの営業時間の終了直後、まさみの前にボクが現れた。
驚くマサミだったが、まーくんの上着のポケットに入っていた、
ボクとおかんの思い出がたくさんつまった“鼻メガネ”をかけて、
「私はおかんと似てた?」と問いかけます。
ボクはまさみから鼻メガネを取って、「おかんはおかんや。おかんでしか
ない。。。それが、ようやくわかった。。。まさみはまさみや。」
と答えた。
まさみは静かに微笑んだ。
ー母の死を通じて、ボクはボクと向き合い、ようやくボクは、おかんのもと
から巣立ったのである。
・・・と。
いうことで。
あらすじ書きすぎたところで。
笑って泣いて忙しい、あっという間の2時間半。
おかん役もおとん役もボクの役も、みんな、良かった!
ボク役の大泉洋の演技、初めてみましたが、ぐぐぐと抑えた演技で、
なんて優しい声音で話すんだろうと、おかんに必死に泣いてすがる姿には
涙が止まりませんでした。
おとんとおかんの夫婦愛も。
劇中、食べるシーンがたくさんでてきます。
食べ物の描写がうまい作品は、個人的に、良い作品が多いと感じます。
この物語の作者であるリリーフランキーが言っていたのですが、
「おかんと一緒に住むというのは、もうそこが自分の実家になって、逃げるところがない」ー本当にそうだと思います。
特に片親だけ(ボクにはおとんもいたけど)だと、
母(父)がいなくなったらどうしようという言い知れない不安は、
大人になったって、ずっとあるもんだと思います。
本当に、久々にいい2時間(半)のドラマでした。
次は例の映画だ!
呆れながらついてこい!
そして要所要所で登場する“時々”のおとん(蟹江敬三)。
炭鉱で栄えていた町にボクとおかんは、おばあちゃんとささきさん(ボクが貰ってきたうさぎの名前)と暮らしていた。
おとん(よそに女がいるらしい。でもボクは大人になるまで知らなかった)
は家にいつかず留守がちなので、おかんが町の食堂で働いて一家を支えている。
ボクは、絵を描くのが好き。大きくなったら絵で食べれるようになって、
煙突よりもっと高い、東京タワーがある“東京”での暮らしたいと、
つよい憧れを抱いていました。
一方、おかんは、おとんと離婚しようとしたもののおとんへの“女心”が
邪魔をしてなかなか別れられません。
けれど、ボクへの愛情は、ボクが大きくなって東京で暮らすようになっても
その愛情はなんら変わることはありませんでした。
憧れの東京で暮らすボク。専門学生時代の友人と二人暮らし。
職探しの日々が続く中、家賃を滞納し続けて、毎日の食べるものすらおいつかず、
気づけば路上の住人(ホームレス)になってしまうのだった。
「普通ってすごいな・・・」ーダンボール箱に包まりながら、
視線の先には煌々と輝く東京タワーがあった。
その輝きをぼんやり眺めながら毎日を過ごすボクに、ついに転機が訪れます。
それは一人の女性との出会い、名はマサミという東京タワーで案内係をしている可愛い女の子に目を奪われ心を攫われてしまいました。
ボクはその女の子が幼い頃から憧れていた『東京タワー』で働いている
ことにひたすら感動し、奮起して、いつしかまともに働くようになり、
絵の仕事も少しづつ入るようになりました。
その頃、おかんは病院の検査結果でガンがみつかり、摘出手術を受けて
いたのです。
おかんは、ボクに心配かけまいと病状を隠し(といってもボクはその頃住所不定の身)ていたのです。
手術に成功し帰宅したおかんのもとに、地元の友達・ばかぼんと金融の
仕事に就いた堅実派の友人(名前忘れた/汗)から、
「おかんの店(小料理屋を開いている)ののれんがいつまでもかからない」
と連絡を受けて、ボクは急いで実家に帰ります。
そこには、首に包帯をつけて手術痕が痛々しいものの、いつも陽気なおかん
に出迎えられて。。。
おばあちゃんもささきさんも亡くなって、一人暮らしのおかんを心配した
ボクは、東京におかんをよんで、2人の生活がはじまりました。
おかんのモットーは、人間は食べて・寝ること。
これが人にとって一番大事だと言い、ボクの幼馴染を始め、友人・知人、
仕事仲間にいつも温かい料理を振舞っていました。
そのおかげで、たえず人の出入りがある家になってゆきました。
さらにおかんは、ボクのベッドが硬すぎると、貯金をはたいて上等なベッド
を購入し、「それじゃあ何も残らなくなるよ」とボクが言うと、
「これ(ボクのこと)が残る」とおかんは話し。。。
ボクとおかんとささきさん2号(ボクの仕事の間、おかんはひとりで寂しか
ろうとペットショップで買ってきたうさぎ)の生活は、多少のいざこざが
あったもののすべてが順調に過ぎていった。
しかし、それもつかの間、おかんの癌の病気が再発してしまい、入院することに。。。
抗がん剤治療にのたうち苦しむおかん。そんな様子に居た堪れなくなった
ボクは、おかんの意図も汲んでその治療をストップします。
まさみ(おかんはまーちゃんと呼んで自分の娘のように可愛がっている)
との関係もぎくしゃくして、
「おかんが病気になって、今はおかんのことしか考えられないー今までおか
んはボクのものだった。ボクは、おかんのものだった・・・」と、
一方的に別れを告げます。
おかんの病状は悪化し、ついに大部屋から個室に移されました。
命の灯火が消えるまで、その部屋で、ボクとおかんは過ごしました。
時々、おとんが九州から新幹線に乗っておかんを見舞いにきます。
消灯時間が過ぎた夜の病院で、おかんは突然、うわ言を言い出しました。
「冷蔵庫のなかに漬けたつけものがあるから、まーくん、食べて・・・」
それは、おかんの最後の言葉となったのでした。
ボクは必死にすがりつきます。
「おかん、食べるから。だから、おかん、まだ逝かんといて。
おかん、置いていかんといて、まだ逝かんといて・・・」
数日後、一方的に別れた勤務中のマサミを東京タワーの見える、二人が出会
った場所に呼び出したものの、なかなか話を切り出せないボク。
生前、まさみはボクのおかんから形見として大事な指輪を貰っていたので、
「指輪は自宅に送るから」と言い、その場を立ち去ろうとしますが、
ボクはなんとか引き止めようとします。
その様子にしびれを切らしたまさみは、ボクに言葉を投げつけました。
「会いにくればよかったじゃない。まーくんは、まだ東京タワーに登れない
んでしょう?お母さんと約束してたから・・・だからこれないんでしょう?」
東京タワーの営業時間の終了直後、まさみの前にボクが現れた。
驚くマサミだったが、まーくんの上着のポケットに入っていた、
ボクとおかんの思い出がたくさんつまった“鼻メガネ”をかけて、
「私はおかんと似てた?」と問いかけます。
ボクはまさみから鼻メガネを取って、「おかんはおかんや。おかんでしか
ない。。。それが、ようやくわかった。。。まさみはまさみや。」
と答えた。
まさみは静かに微笑んだ。
ー母の死を通じて、ボクはボクと向き合い、ようやくボクは、おかんのもと
から巣立ったのである。
・・・と。
いうことで。
あらすじ書きすぎたところで。
笑って泣いて忙しい、あっという間の2時間半。
おかん役もおとん役もボクの役も、みんな、良かった!
ボク役の大泉洋の演技、初めてみましたが、ぐぐぐと抑えた演技で、
なんて優しい声音で話すんだろうと、おかんに必死に泣いてすがる姿には
涙が止まりませんでした。
おとんとおかんの夫婦愛も。
劇中、食べるシーンがたくさんでてきます。
食べ物の描写がうまい作品は、個人的に、良い作品が多いと感じます。
この物語の作者であるリリーフランキーが言っていたのですが、
「おかんと一緒に住むというのは、もうそこが自分の実家になって、逃げるところがない」ー本当にそうだと思います。
特に片親だけ(ボクにはおとんもいたけど)だと、
母(父)がいなくなったらどうしようという言い知れない不安は、
大人になったって、ずっとあるもんだと思います。
本当に、久々にいい2時間(半)のドラマでした。
次は例の映画だ!
呆れながらついてこい!




>おとといの夜もやってましたよ。
おぉ!放映されてるんですね!27日のおとといは・・・25日土曜!
TVガイドを確認してみます☆
ありがとうございます(><)
おとといの夜もやってましたよ。
ご一行、ただいま、マレーシアのジャングルにおられます♪
>やっぱり、この話で泣かないひと、おかしいですよね…!!
私、ずっと泣いてました(笑)。本当に良かったです。
>さんてれびで「水曜どうでしょう」
そう!この番組、観てみたいんです。今も放映されてるんですかねぇ〜。
大泉さん、素敵ですね!!きっとこのドラマがきっかけになって、
これからますます活躍されてゆくと思います(^^)
>読んで、感動しました。
ひたすらあらすじを書いたかいがありました(><)。
ありがとうございます!!
東京タワーは原作を読んでいないので、今度読んでみようと思います。
大泉洋は、さんてれびで「水曜どうでしょう」をやっているのを見ていたので、タダモノデハナイ、という印象を持っていました。
ますます伸びていきそうな方ですね。
ありがとう!!
ある友人は、「『東京タワー』は読むべきや、それもなるべく若いうちに」と言っていたのですが、その理由が分かったような気がします。