私の家の並びはひどかったらしく、お店の窓ガラスが全損してたりとひどかったが、お向かいの並びはそうではなかったそう。
震災時、キッチンで私のお弁当を作っていた母は、近くに飛行機が堕ちたと思ったと言っていた。
激しく揺れていたそうだが私は全く気付かず、起こされてアンちゃんがひどく怯えていたのにびっくりした。
部屋を出てみると家中がめちゃくちゃになっていた。
当時ポケベルを持っていたので、鈴木ちゃんに連絡したが一回打てただけで、その後電話が通じなくなった。
後に当時の担任に聞いたところによると、なぜか鈴木ちゃんと私の家だけ最後の最後まで電話が通じなかったそう。
ほんとなら震災の翌日から修学旅行のはずだったが延期になった。
修学旅行はなくなっても良いから、西宮に住んでいた三宅先生の為に修学旅行費用を使って欲しいと先生に言ったが却下され、その後三宅先生はクビになった。
今でも腹が立って仕方がない。
一瞬にして、沢山の人の人生を変えてしまう。
いつまでも忘れてはいけないね。

西宮てひどかったんやろうにな。
二度と体験したくないね。
にしても、えらいなお弁当作ってたって。尊敬するだ。
12年前は走り回っててんもんなぁ。
記憶の片隅にしか残ってないけどなぁ。
ようあんな夢中になれたもんやな。その気持も忘れたくないね。
私も当時、西宮に住んでてクラブの朝連に行くためにお弁当作っててん。あの感覚はまだ忘れられへんね。