今日、失業後初めての顔合わせへ行った。
場所はFM802のある南森町(みなみもりまち)でる。
なぜふりがなをうったかというと、うちのハハは"みなみもりまち"のことを
”なんもりちょう”
と言っていたからだ。
うちのチチは優しいので、言い換えることもせず、そのままフムフムと流していた。
そんな事はさておき、派遣もとの話を聞くと今回の派遣先の仕事内容は、
・貿易経験者
・船積書類(特に銀行買取書類)経験者
・営業アシスタント経験者
と聞いていた。
あまり初めから期待されるのはまっぴらきんぴらごめんなので、
「英文は読解できます。難しければ辞書をひきます。電話応対は出来ません。今の会社でも海外からかかってきたら営業さんにすぐ代わりました。ジャストモーメントプリーズしか言えませんから。」
などとはっきり言っていた。
派遣会社も、今回の派遣先もそこまで英語力を求めていません、と言っていた。
言っていたじゃないか〜



上機嫌で顔合わせに行くやいなや、派遣にも関わらずまず30分ほど適性テストと称して、計算問題(しかも分数!いつ使うねん)やら英文やら世界の都市と通貨を問われる問題、ひこまろ風に言うと、
「世界問題のデパートや〜!」
辻元議員風に言うと、
「世界問題の総合商社」
と訳が分からないことを言ってしまったが、そんなとこである。
もちろん訳ワカメ。
インドネシアの首都と通貨って、私よ、なぜ分からない。
そんなこんなでしょっぱなから出鼻をくじかれた私を待ち受けていたのは、
予想だにしなかった仕事内容であった。
コレポン
そう
コレポン
求人誌を見て仕事を探していたときに、この言葉をよく目にした。
コレポンてなに???
ここで誰かに聞けばよかったものの、自分なりに解釈してパソコンのソフトかアプリケーションか何かだろうと思っていた。つい最近まで。
だが、見当違いもいいとこだった。
これはバイヤーなどからのメール・FAXに英語で答えるという事だとつい最近教えてもらった。
直近の仕事でコレポンするのは営業さんの仕事だったし、私が送るメールといえば、Shipping Instructionなどといった決まったものだけであった。
自分で文章を考えて返答するなんて。
どおりで時給が良いわけね。
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もう一件話が来ているお仕事。
広告代理店での営業アシスタントのお仕事。
場所は堂島。ってかなり歩くやん。
遠いやん。
かなり乗り気ではないのだが、会社内に食堂があるらしいし、一応梅田やし。
こちらのお仕事は貿易事務なんててんで関係ないのだが、なんせ仕事内容が面白そうであった。毎日おもしろそうであった。
よって考え中考え中。
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今日ふと最近忘れようと努力していた人に電話をかけようかと思ってしまった。
曽根崎警察署付近@ホワイティ梅田。
季節は移り変わりつつあって、風が少しひんやり、そして冬のにおいがする気がした。
店頭にもコートやブーツが並び冬へ向けてまっしぐらなのだろう。
つい最近まで、暑い暑い〜と汗を流していたのに。
そんな季節も毎年あっという間に過ぎていく。
そんなことを考えていた矢先、ふとその人の事を思い出した。
ほんと変わった人だった。なかなかあんな人には巡り逢えないだろう。
自分が死んで、御棺に入ったとききっと思い出すに違いない。
「あの人にはほんま難儀したわ〜」
と。
29年生きてきて、人間関係ずっと順風満帆だったわけではない。
でもそれなりに、うまくいっていた。
そしてこれからもうまくいく
はずだった。
私は小学校から高校までをエスカレーター式の学校で過ごし、小学校からほぼ友達は変わらず過ごしてきた。
今の友達のほとんどは同じ学校で過ごしてきた。
高校を卒業し、大学生になり新たな友達が出来た。
初めはグループだったが、今となってはその中の一人が友達といえるのだろう。
このブログの有名人、賀英ちゃんである。
賀英ちゃん以外が嫌いなわけではない。
ただ単に賀英ちゃんは私にとって不可欠な存在である、ただそれだけである。
私も社会人になり、いろんな人と接する機会も増えた。
年齢も男女も様々。
でも好き嫌いで接する態度を変えることはしてこなかった。
今の会社に入って、彼と出逢い、仲良くなればなるほど彼に惹かれていった。
物の見方、考え方のセンス、まさに私の
"どツボ"に命中した。
そして私を木端みじんこにもしてくれた。
おかしいもので、あれほど憎くてムカついた事も、喉元過ぎれば熱さ忘れる体質の私は今はあまり思い出せない。
思い出すと笑っちゃうようなことしか思い出せない。
例えば会社にかかってくるよくあるセールス電話に対して、
「担当のものに代わります」
と言って私に代わる。
いち派遣の私が担当者のわけがない。決済できるわけがない。
自社工場(姫路のど田舎)の納期担当者で変な関西弁を使う人がいた。
何かにつけ、
「〜やさかいな。」
などと今時そんな関西弁つかわへんやろ〜みたいなコテコテな関西弁を使う若干30代後半の男性社員のその言葉遣いを彼はよく真似ていた。
そのおかげさまで、その担当者からの電話がおかしくておかしくて、とてもじゃないが出られないという状況にあった。電話の途中で電波状況が悪くて、って携帯電話じゃないんだから…という理由で切ったこともあった。
なのでその担当者に連絡するのは、彼がタバコを吸いに行ったとき(給湯室からも私の席が丸見えなので注意が必要。)や、席をはずしたときを狙って電話していた。
その担当者から電話がかかってくると、彼はとても嬉しそうで
「ほれきた!」
といわんばかりの表情で私に電話を繋いだ。
その場で電話を出ることは危険行為だと判断した私は、席から離れた場所で電話に出たりした。
それでも彼はなんとか視界に入ってこようとしたり、咳払いをしたりして邪魔しようとした。
結果、そんなことを続けていた彼もその担当者と関わることがあったので、彼にその担当者から電話がかかってきた時、それはもう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
彼が入社したての頃、今の私の担当している商社の担当でもあった。
そのファイルを見ると、当時の納期確認から搬入連絡までの書類がファイリングされてあった。
そのファイルを見るのが私はたまらなく好きであった。
その商社から注文が入り、品番など確認するためそのファイルを見ては
彼に見せていた。そしてよくキレられた。
字が特徴的な字で、その中でも特に
「す」
という字が好きであった。
初め見たときは、「ち」かと思った。
それをみては、楽しんでいた。
きっともう会社でそんな楽しみを見つけることは不可能であろう。
毎日のように会社帰りにご飯に行ったり、お茶したり。そのときに話したこととか。
病気のときに山ほどのご飯と大福を買って来てくれたこととか、言い合いしたり、大喧嘩したこととか。それで仲直りしたこととか。
そんな色んなこと−近い過去−を今日思い出していた。
会社が移転する前に喧嘩して、それに重なるようにして行き違いがあって1ヵ月ほど話していない。
理由は分からない。
そうなった原因が私にあったのなら謝りたかった。
でも残念ながら、思い当たる節がなかった。
この1ヶ月間ずっと悩んでいた。
そんな矢先そんなことを思い出して、
ふと彼に電話してみようかなと思った。
結局電話することはなかった。
そして、もう電話できないんだと自分を言い聞かせた。
電話しちゃいけないんだと。