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自己紹介  【著書紹介】

藩相と琉球

琉球の官生の教習であった藩相の事跡及びその著作たる「琉球入学見聞録」についてと官生の入監手続きから入監し帰国して謝恩使を派遣するまでを経年的にまとめた論考(稿本・昭和53年)

球陽の教材化の研究」

琉球の正史たる「球陽」所載の雑多な項目の中から児童の興味・関心を惹起するであろう素材を抽出して教材化するまでの論考及び教材(昭和62・稿本)

ボード事件
ボード事件を脚色した教材(昭和62年)

南の島に雪が降る
「球陽」の雪に関する記事を脚色した教材(昭和62)

歴代宝案の文書構成及び文書収発経路の研究
琉球の外交文書である「歴代宝案」の複雑且つ重層構造になっている文書の構成及び文書の経路について明らかにした論考(自費出版、平成4年160頁)

官生派遣の創始について

無用之用
「歴代宝案」を解読するための難字難語句を解説、解釈し50音順に配列した難語辞典及び「訓読吏文」の索引を付した編著作(平成8年 自費出版 500ページ)

清時代における官生年表
清朝時代に琉球から中国(清)へ派遣された官生の任命から入監して帰国し謝恩使派遣まで経年的にまとめた官生年表。藩相の年譜と彼の著作をも付した。(平成9年 「新沖縄県史紀要3号」所載)

首里城所在日時計の復元の研究
蔡温が首里城に設置させた日時計の復元、模型の作成及びその論考(平成10年 稿本 近々出版の予定)

首里城所在水時計復元の研究
首里城所在の漏刻門に設置された水時計の復元模型の作成及びその論考(平成10年 稿本 近々出版の予定)

真是群山祖の作者について
程順則の作とされる「真是群山祖」の詩が実は程順則の孫の程容光名護親方の作であることを明らかにした論考(平成11年 竹富町教頭会会誌「ひるぎ」創刊

無用之用2」(球陽索引・逆インデックス
琉球の正史である「球陽」の用語索引及び逆インデックス(昭和51から平成12年 稿本 見出し17万項目)

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進貢船の武装

2008-05-20

琉球の進貢船は、永楽19年(1421年)以前は武装していなかったようである。
永楽19年(1429年)5月派遣した使者〓達口尼の乗る船が海賊船20余隻に襲われ乗員
多数の人命と財物を失ってしまった。
時の琉球の政治の実権を握っていた尚巴志はこの事件を契機に海賊船から財物・人命
を守るために進貢船に武装することにした。このことが中国で大問題になってしまっ
た。
「歴代宝案」には次のように事件を記している。正統6年4月19日ジャワとの交易のた

使者阿普斯古・通事沈志良等を派遣した。その際前轍を踏まないため使者の乗る安字
号海船
の保護のため「武装」していた。しかし、安字号船はジャワに到着する前に暴風にあ
い福州に
漂着してしまった。
福建の役人によって安字号海船が臨検され、軍器が装載されているというこで軍器を
没収されてしまう。
壊れた安字号海船は「當行」によって補修されき帰国した。
その安字号海船の補修費用は中国当局が提供したものではなかった。ジャワへ運搬予
定の積載していた
ものを「當行」に差出た見返りとして「當行」から受けた補修費用によって修理した
のである。
通常は琉球の難破して中国に漂着すると中国が全て修理しもてなした上帰国するのが
例であったが、その時
はそのようには取り図ってはくれなかったのである。
以上のことを帰国した安字号海船の使者から聞いた琉球側は貨物は漂流してなくなる
わ、残った軍器は没収
されるわで本当に困惑してしまった。
琉球は中国の取った措置に対し不満ではあったが、貨物が船の修繕費としてとられた
のは不満に思ってはいたものの
そのことには目をつむりそれには何も触れなかった。ただ「軍器」が琉球にとって死
活問題であることを訴え「軍器」
の返還を願いでている。
その願いに対し中国当局がいかなる処置をしたか判然としかねるが、琉球の要請を受
け入れただろうと想定される・
といのは、そのことから後のことになるが、「大島筆記」に進貢船へ「軍器」が装載
されているとの記述があるからである。
この「大島筆記」の「軍器」装載については注目すべき記事である。進貢船に「軍
器」が装載ているというのは、進貢船
であることから中国も認知したものであることが窺える。
以上のことから、琉球船に「軍器」を装備するようになったのは、永楽19年以後で、
中国が認知公認したのは正統
17年1442年以後であると想定される。

Posted by agijima at 00:35:20 | PermalinkComments(0)TrackBack(0)

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